群馬県の草津町には、暖簾をくぐって入る「温泉図書館」がある
草津の町にはしんしんと雪が降っていた。部屋の中にいても硫黄の臭いがしてくる。空気中に漂う温泉成分のせいで、テレビなどの電化製品は一年程で壊れてしまうのだそうだ。クレジットカードの金色の部分も、空気に触れるうちに黒くくすんで使えなくなる。
お湯につけたままにすると、五寸釘は9日で針金になる。草津町立温泉図書館にて。
金属を溶かしてしまう恐るべき性質の湯は、目の病にはいいようで、町には眼科が無い。空気に触れているうちに殺菌されて治ってしまうらしい。温泉で目を洗うのはいいが、口に含んではいけない。歯が融けてしまうからだ。
そんな町の図書館が新しくなった。バスターミナルの3階にあるのは、その名も「温泉図書館」だ。
訪れた人はまるで風呂にでも入りに行くように暖簾をくぐる。
これまではすぐ隣にある、役場の建物の中にあったそうだが、そちらはあまりにも狭かった。そのためもともとバスターミナルにあった「温泉資料館」の展示物をコンパクトにまとめ、こちらに図書館を移設した。広くなった館内では、ぶらりと訪れた観光客と、地元の中学生たちが並んで本をめくっている。
閲覧席には、ひとつの席にコンセントの口がなんと2つも。飲み物持ち込み可。
温泉街を眺めながら、のんびりできる席もある。
町民だけでなく、訪れたひとはみな本を借りられる。一般書はもちろん、ハンセン病関連の資料(草津には療養所がある)、古い町のパンフレットや、地域に咲く花を撮り溜めたオリジナルの資料もある。もちろん、温泉関係の本もたくさん。
木製の書架は、古い図書館からそのまま持ってきたそうだ。
地元の人が行く秘湯を案内してもらった。これも図書館のレファレンス(調査相談)ですから、と笑う。語尾に「~でサ、~がサ、」と「サ」をつけて軽快に話す口調は、懐かしい故郷の話し方だ。
しっぽりと、夜が更けていく。
〔日記〕 サイン
- ま夜中、
- 熱いものを
- すゝる
- 山頭火
一月六日 雨、何といふ薄気味の悪い暖ヌクさだらう、そして何といふ陰欝な空模様だらう。
種田山頭火 行乞記 三八九日記
次郎さんに手紙を書いた、――その心中を察して余りある事、感傷的になつては詰らない事、気持転換策として禅の本を読まれたい事、一度来訪ありたき事、等、等。
あんまり馴染みのない呑み屋に行く。独りで呑んでいると、話しかけられて面倒なことがある。
「ようよう、ねえちゃん、なんの仕事してんの?」
「あ、小説家です」
「……小説家!」
オッサンの対応が急に丁寧になる。
「きゃー、すごい! サインしてください!」
連れのおねえさんがいそいそと手帳を取り出す。名前も知らない人のサインなんてもらって嬉しいかねえ。明日にはきっと、サインを貰ったことも憶えてないのかもしれないなと思いながら、手帳の余白にそれっぽく書き込む。