醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

2013-03-02から1日間の記事一覧

絆?

震災のあと、みんなが絆、絆って言った。お金じゃなんにも当てになんない。せっかくマイホームを建ててみても、津波で流されちゃったらそれっきり。近所の原発が事故を起こしてしまったら、それっきり。 二〇一一年三月。鎌倉に越して来て一年と七ヶ月が経っ…

定食屋

学生時代、独りでよく行った定食屋があった。七十を超えたママは黒々とした髪を美しく結い上げ、すっと背筋を伸ばしてカウンターに立った。席は五席ほど。やってくるのは、たいてい独り暮らしの男子学生である。鯖の味噌煮定食が五〇〇円だった。品書きに肉…

田中泯『場踊り』-カラダトアタシ-

逗子駅からバスに乗る。葉山へ向かうバスは随分と細い道をうねうね走る。民家の合間に時折海が覗く、降りたのは神奈川近代美術館葉山館の前。 先に降りた人たちは、エントランスの横をすり抜けていく。よくわからないけど、その後をついていく。 美術館の裏…

〔小説〕 着信 “それじゃ、つきあおっか”

「せんせいはカレシいるの?」 教育実習に出向いた先で、中学二年の女の子に訊かれた。 「秘密」 「えー、っていうことは、いるんだ!」 「実習生はさ、そういうこと教えちゃいけないの」 「ふーん、めんどくさいね。……あのね、」 教室掃除用のほうきを握り…

〔小説〕 そういうお店

「男はみんなオッパブに行くもんなんです。オッパブ、わかります?」 隣のテーブルでまだ若いサラリーマンが、ビールジョッキを片手にそんな話をしていた。 「うちの彼氏はそういうお店、行ったことないと思うけど」 これもまだ年若い女がそう答える。 「せ…

〔小説〕 白濁(仮)1

神社の脇にたつ栗の木は毎年五月になると見事な白い花をつけ、わたしはその下を歩くたびにかつて口に含んだ何人かの精液の匂いを思い出す。体臭はひとそれぞれ違うのに、どうしてあれだけは濃さの違いさえあれ、同じような味がするのだろう。つんと、喉を灼…