醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

桜の花の散る頃に

都会には緑がないと思っていたが、それは違うのだ。ビルとビルの合間に、密集した家々の隙間に、溢れんばかりの緑が多い茂っている。山に生まれ山に棲む人は、有り余る程の自然に馴れてしまって目を向けることが少なくなるようだが、街に棲む人はほんの少しの木々にも手を掛け想いを掛けて育てている。

都会に出て、初めて多くの人が紅葉を見に来る訳がわかったと、山で生まれ育った先輩が呟いていた。木の葉が色づき一面が紅く、また黄金にそまるその景色は、それまでの彼にとって見慣れたつまらない景色だった。

山手線の内側に在るこの大学は、都会だというのに緑に覆われている。窓から見渡すとここが大都市の中である事を忘れてしまう。一面の緑、多い茂る木々。

司書のプロフェッショナルであり僧侶でもある先生が、授業中にふと視線をそらし、窓の外を見てご覧なさいと言った。半地下になっている教室の巨大な窓からは、見上げた位置にある通りに植えられた桜の木々が目に入る。もう花は満開を過ぎ、葉が芽吹き、ひらひらと花びらを散らしている。黒板と先生のおつむばかり見ていて気づかなかったが、窓に切りとられたその世界は息を呑むような美しさだった。

時折、思い立ったように花びらが舞い落ちる。もういっせいに散る時期もまた過ぎ、一枚一枚がほろほろと舞うばかりである。

散る桜 残る桜も 散る桜

そうだ、百年とちょっと後には今ここにいる人は誰もいなくなる。年老いた人も、病に苦しむ人も関係なく。