醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

男の執念 ~ 永井荷風 「つゆのあとさき」

早稲田に古本屋は数あれど、五十嵐書店*1ほど立ち入るのに緊張を要する古本屋は無い。小汚い格好の一学生としては、「どうもこんなものが来店してしまって申し訳ありません」という気持ちで自動ドアを潜る。綺麗に整頓された本。ギャラリーのような展示。長野まゆみクラフト・エヴィング商會の本の中に紛れ込んだような気にさせる。

地階はさらに敷居が高い。日本文学の研究書がずらりと並ぶ様は圧巻だ。とても手が出せない。小心学生は入り口階の文庫本の棚を彷徨うばかりだ。

今は懐かし帯つきの岩波文庫、「つゆのあとさき」を買う。荷風川本三郎の著作*2を読んで気になっていたのだが、初めて手にする。「つゆのあとさき」を選んだのは、無論この季節にちなんで。

つゆのあとさき (岩波文庫 緑 41-4)

つゆのあとさき (岩波文庫 緑 41-4)

林芙美子の昭和

林芙美子の昭和

カッフェーというもの、女給というもの。当時の世俗が写し取られている。君子の淡々とした振る舞いは、「女徳」*3の智蓮尼を思い出させる。女の性欲には果てが無い。終りが無い。

「おじさん。男っていうものは女よりもよほど執念深いものね。わたし今度始めてそう思いましたわ。」
「思い込むと、男でも女でも同じ事さ。」*4

同じ事だと答えたおじさん自身、男の執念は恐ろしいものだと遺書を書き残す。吸い取り、食べつくす女の恐ろしさと、それに振り回される男。女は悲劇のヒロインになりえない生き物なのかもしれない。

*1:[http://www.oldbook.jp/index.htm:title]

*2:ISBN:4403210821

*3:ISBN:4101144028

*4:永井荷風 『つゆのあとさき』 岩波文庫 1987.03 p.140