醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

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〔書評〕人生の重み ~ 小林竜雄 「向田邦子 恋のすべて」

向田邦子がかたくなに秘めてきた恋。生前の彼女を知る人達とのインタビューを通し、その断片が浮かび上がる。本当のところは彼女にしかわからないという余韻を残し、最後の恋がひっそりと語られる。

向田邦子 恋のすべて

向田邦子 恋のすべて

著者は脚本家として活躍されている方なので、テレビドラマの現場の描写がリアルである。やろうとするドラマが生きる時間枠を取ろうと、プロデューサーと渡り合う向田さんの姿が見えるようだ。いくら脚本が締め切りに間に合わなくても、堂々と胸をそらす姿も。その強さ、そして自信。

苦い恋が残した傷と、長くドラマを書き続けた経験が、おそらく自らの作品に自信を与えた。天賦の才能だけでない、その深み。

重ねてきた人生の重みが武器になる。揺るぎない自信を羨ましく思いながら、痛みを受けることには躊躇する。ああ、だけれども、どんなに深い傷を負ってもいい、いつか自信が持てる文章を書けるようになりたい。

同年代の若い作家が雨後の筍のようにデビューしていくなかで、焦りがないといえば嘘になる。平積みになった本を見ては妬む。しかし、人と比べているうちは本当に良い作品なんて書けないだろう。

私が書きたいものは、今の年齢では書けないものなのかもしれない。新鮮さや勢いでは勝負が出来ない。じわじわ、じわじわとでも、進み続けなければならない。