醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

向田邦子 「隣の女」

「おねがい。さっきの駅の名前、もう一度言って」
「上野。尾久。赤羽。浦和。大宮。宮原。上尾。桶川。北本。鴻巣。吹上。行田。熊谷。籠原。深谷」
 サチ子は、耳たぶが熱くなり、息が苦しくなった。酔いが廻ってくるのが判った。
「岡部。本庄。神保原。新町。倉賀野。高崎。井野。新前橋。群馬総社。八木原。渋川。敷島。津久田。岩本。沼田。後閑。上牧。水上。湯檜曾。土合」*1

隣りの女 (文春文庫 (277‐4))

隣りの女 (文春文庫 (277‐4))

隣の部屋から聞こえてくるセックスの物音は、ひどく寂しくさせる。一人で聞いている自分がひどく惨めに思えてくる。

谷川岳へ向かう駅名。淡々と囁く男の声。のぼりつめていく。

どうしてそんなふうに書けるのだ。直接な描写ではないのに、みんなわかってしまうではないか。

*1:向田邦子 「隣の女」 『隣の女』 (文春文庫) 文芸春秋 2006.01 p.16