醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

吉本ばなな  「N・P」

N・P (角川文庫)

N・P (角川文庫)

「夏好き?」
「死ぬほど好き。いつも夏のことばっかり考えてる。」
「恋ね。」
「咲は?」
「私は春が好き。でも、わかるわ。あなたのわくわくが伝わって来るもの。隣にいても。」
「暴力的に待ち遠しいのよ。」*1

そう、私は夏が恋しい。毎年五月の新緑の頃になると、もう胸がドキドキしてしまう。梅雨の長い雨の間は、ひたすら夏が来るのを待ち侘びている。

九月はひどく寂しい。じわじわと夏が去っていってしまうから。実は、八月になるともうすでに寂しい。入道雲の彼方に、向日葵を飛び越えた先に、秋がこっそり顔をのぞかせている気がして。

毎年夏になると、この小説「N・P」を思い出す。少し前の記事にも書いた気がするが、この本の影響を受けて凄く短い短パンを買ってしまったくらいだ。

萃。彼女には本当に夏が似合う。ドライマティーニのように透明度の高い瞳。猛烈に明るく、そして暗い。

ばななさんの小説に登場する女の人は、私の中で二通りに別れている。主人公として描かれる女性と、その主人公の人生を明るく照らし、かき回す女性と。後者には「TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)」のつぐみや、「ムーンライト・シャドウ」(『キッチン (角川文庫)』収録)のうらら、「アムリタ〈下〉 (新潮文庫)」のさせ子などなど。萃も後者だ。彼女たちの色彩は濃く、激しく、そして圧倒的に魅力を持つ。私は彼女たちに会いたくてばななさんの本を読むのかもしれない。

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

この物語の終盤、萃が呪いの話をするところが何度読み返しても恐ろしい。そのくせ、そんなことはすっかり忘れて一人の夜に読んでしまったりする。「自分たち以外の何かが部屋にいること。*2」うああ、リアルに恐怖を感じる。けれど、呪いと呼ばれるそれは、おそらく人の心がつくりだした闇。どうにもならないものなんかじゃない。必ず越えられるものだ。越えようとする者になら。

*1:吉本ばなな 「N・P」(角川文庫)角川書店 1998.3 p.48-49

*2:同上 p.155