〔おすすめ本〕結婚は、むろん「幸せ」とは別物だ ~江國香織「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」
気がつけば知り合いが次々と結婚していく。「私一生結婚しないかも」と言っていた人は、さっさと入籍してお母さんになった。「いい男がいないのよ」と言っていた人は、もうすでに二児の母。しばらく会っていなかった同級生は、いつのまにかパパになっていた。
そうすると、やっぱり自分も考える。結婚?
一人暮らしもはや五年目。気ままで楽しい一方で、寂しい朝や不安な夜もある。そんなときに、同じ屋根の下に住むひとがいたらどんなに心強いだろう。そしてそれが好きな男だったらどんなにいいだろう。
――道子さん、結婚されて何年ですか。
草子は、無論知っていたが訊いてみた。この女の口から、直接その数字をききたかった。
――三年。
道子は、くっきりと赤い口紅をひいていた。そのせいか、横顔が奇妙に意志的にみえた。
――結婚されて、幸せですか。
おもいきって尋ねたが、道子は小さくわらってこう言っただけだった。
――みんなどうして結婚と幸せを結びつけたがるのかしら。*1
- 作者: 江國香織
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2003/06/01
- メディア: 文庫
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恋人だった山岸と別れて、出会ったばかりの水沼と結婚した陶子。
カメラマンの土屋保を夫にもつ、編集者のれいこ。
篠原との離婚を考えている、花屋のエミ子。
土屋保の恋人・女ばかりの家庭で育ったモデルの衿。
陶子の妹・草子は、姉の恋人だった山岸を忘れられずにいる。
山岸の妻・道子は、熱烈な不倫の後も山岸と共に暮らしている。
草子の友人・茶谷麻里江は、独身生活を謳歌しているようにみえる。
近藤慎一との結婚生活に倦んでいるのは綾。
そして、土屋保に一方的に思いをぶつける、れいこの部下・大学生の桜子。
登場人物の多い小説だ。初めて読んだのは高校生の頃だっただろうか。その頃は、恋愛に「うぶ」でしつこい桜子が自分とだぶって見えて腹立たしかっただけだったが、今は他の女たちの想いもわかるようになってきた。
こいつを必ず幸せにします。
この人に幸せにしてもらいます。
そう言って結婚した夫婦が簡単に離婚してしまう。幸せは人からもらうものではなく、自分でつかむものだから仕方が無い。
幸せ、幸せ……幸せと結び付けなければ、結婚なんてできないのかもしれない。赤の他人と家族になるということ。それは、日々価値観をぶつけ合いながら生活するということだ。
籠の中の鳥のように、すべて「あなたまかせ」で生きるのか、離婚して独り身の自由と孤独を手にするのか、結婚せずに母となる道を選ぶのか、もう一度恋から始めてみるのか。
彼女たちの誰が一番幸せなのか。それは彼女たち自身にしかわからない。
今、結婚に惹かれるこの気持ちは、ただ独り暮らしの不安と寂しさを埋めたいだけなのではないだろうか。結婚の苦しみを覚悟しない限り、他人同士は一緒に生活してはいけない。