醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔書評〕鎌倉は「もしもし下北沢」に似ている町かもしれない。~ よしもとばなな『もしもし下北沢』

電子版も出ている『もしもし下北沢』。市川準監督「ざわざわ下北沢」へのオマージュ?

もしもし下北沢

もしもし下北沢

主人公のお父さんはバンドマン。ある日突然、出かけたまま帰って来なくなった。遠い親戚だという女との不倫、そのあげくの無理心中。父を奪われた悲しみからようやく次の一歩を踏み出し、下北沢に下宿を借りて一人棲み始めた主人公のもとに、いきなり母親が転がり込んでくる。まるで失恋した女友達みたいなのりで。あの絵に描いたようなマダムだった母が。

なんの偶然か、ちょうど家出していて行方不明だったうちの母が、ひょっこり鎌倉の私の下宿へ現れて置いて行ったのがこの本でした。読み終わったからあんた読みなよなんて言って。破天荒な我が母よ。私はこの主人公のお母さんとあなたを重ねずにはいられないね。

引き裂かれた胸はそう簡単には元にもどらない。毎日一進一退、その日にできることだけしか手をつけられない。それでも時は流れて行く。それも、思いもかけない方向へ。

本の中の下北沢はなんとも優しい街です。この店に行けば必ずこの人の笑顔に出会える。ささやかな、でもあたたかい。都会では忘れられていく街の姿であると思います。スーパーやコンビニのレジ打ちの店員がガラリとかわったって誰も気に留めないこのご時世に。

鎌倉に住んでいると、この物語の中の下北沢にとても近いものを感じます。あのラーメン屋さんに行けばあの店主のお兄さんがいて、いつもガハハと笑っている。カウンターにお昼どきにやってくるのは近くのサーフショップの店員さんで、「おやさっきはどうも」なんて声をかけてくれる。浜辺で歩いていてすれ違うのはカレー屋のおかみさんだ。大きな黒い犬と一緒に黄昏の中を歩いていて、遠くから手を振る。湘南の人はみなどことなくシャイだ。観光客が多いこの町なのに、慣れてきてからやっとはにかんだ笑顔をみせてくれる人が多い気がする。

うらさびいしい昼下がりも、孤独に狂いそうな夜も、一歩家を出ればそこには明かりがある。いつもの店へ行けばいつもの笑顔がある。そんな街で、主人公・よっちゃんのお母さんはだんだん元の自分へ戻って行く。

街、という一個の生命体、その生々しさ。そのパワー。よっちゃんもお母さんも、下北沢のねっとりした膜に守られながら、じわりじわりと明日を向かえていくのだ。