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醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

鈴木常吉&スーマーLIVE@逗子ヒグラシ文庫

常吉さんとスーマーさんのライブに行く。昨年まではスタッフだったのでなにやら感慨深い。自暴自棄であった自分を救ってくれたのがヒグラシ文庫の飲ん兵衛たちであり、生涯を共に歩きたい相手と出逢えたのもヒグラシ文庫であった。

人と人とを繋ぐ窓であること。それは地域に縛られず、ずっと遠くまで繋がっていること。

3.11というパラダイムシフトが起きた。お金があっても大きな家を持っていても、震災が起きてしまったらなんにもならないことに気づかされたしまった。万が一のとき、唯一助けになるのは人と人との繋がりだけかもしれない。

立ち飲み屋にはいろんな人がやってくる。何度も立ち寄るうちに顔見知りになる。友達の友達が、友達になっていたりする。それは学校や会社ではできない、不思議な人間関係だ。年の差も越えて職業も越えて、地域も越えて。

かつて、この国に「個人」というものは無かった。自分は家であり、村が自分であった。お家柄、村八分、世間体…。それはとても窮屈な繋がりで、だからこそ都会に生きる人たちは「個」であることを求めたのだろう。都会のワンルームマンション。そこは大勢の人が住んでいながらにして、互いの顔は知らない、孤独な場所だ。

わたしたちは新しい繋がりを築くことができるだろうか。縛られすぎず、孤立しすぎない、程よい人と人とのラインを。

逗子ヒグラシ文庫では、毎回イベントの後に観客を巻き込んで打上げとなる。店でよく顔を会わせる人もいれば、そのイベントのために遠方からやって来た人もいる。まるで昔、田舎で親戚一同が座敷で皆で酒を呑んだように、知らない人同士が呑んでいる。

はじめてヒグラシ文庫のイベントに参加したときはそれは特殊な空間のように感じたけれど、今はどんどん、あちこちでそんな試みが始まっている。「若者には覇気がない」なんて言われたりするけれど、そんなことはないよ。なにかやりたくてうずうずしているエネルギーをあっちでもこっちでも感じる。

なにかやりたいエネルギーを発している人のところには、同じエネルギーを持った人たちが集まってくるものらしい。そうやって二〇一二年に出逢えた皆さんに感謝。わたしはわたしのできることをやっていこう。お互いに、お互いの好きなことをつきつめて、お互いのパワーを最大限に使い合うのが、これからの人と人との繋がりであると考えている。

ライブスタッフの皆様、おつかれさまでした。山間で聴く常吉&スーマーは沁み入るなぁ。常夜鍋もとても美味しくて、がつがつ食べてしまった。あちこちの席をまわって、皆とお酒を呑む。

歩いて三遊亭へ。逗子ヒグラシから流れてきた客と、地元の酔客で賑わっている。