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醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

おばけトンネル

鎌倉から逗子へ抜けるトンネルは「おばけトンネル」と言われている。地元の人は略して「おばトン」とも呼ぶ。なにが出るのかよくわからないが、なにか出ることは確かからしい。

ある夏の日、おれは逗子ヒグラシ文庫を目指し、さんさんと陽の当たるその路を鎌倉方面から歩いていた。

おばトンの天井からは地下水がにじみだして、トンネル入口に大きな水溜りができていた。蒸し暑さに陽炎がたち、トンネルの中はぼんやり霞んで見える。

あまり人の通らない路である。車の往来ばかりが激しい。

見ると、トンネルの向こうから若い夫婦がベビーカーを押して来る。旦那さんはハンチングをかぶり、ひょろりと背が高い。奥さんは夏らしく純白の長いスカートをひらひらさせながら、軽やかにベビーカーを押している。

この暑いさなかに一家でお散歩か。おれはまだトンネルの外側にいて、彼らが近づいてくるのをぼんやりみていた。陽炎はいよいよ揺らぎを増し、彼らの姿はトンネルの中に霞んで見える。

近づくにつれ、どういうわけかベビーカーばかりがぼやけてよく見えなくなっていった。

トンネルの入口ですれ違う時、もうベビーカーはどこにもなかった。

すらりとしていた旦那さんは腰をかがめている。奥さんは杖を握って歩き、その腕を旦那さんが支えていた。ハンチングからのぞく髪は白い。奥さんは腰を曲げて、ゆっくりゆっくり歩いていく。しわのよったその手の甲。

おれは白昼の陽炎たつトンネルで、ある夫婦の生涯を見届けてしまったのだ。寄り添いながら歩いてゆく、その歳月を。

振り返ってみる。そこには曲がり角などないはずなのに、彼らの姿はもうどこにも見当たらない。ただ地下水だけが真夏の路上を濡らしていた。

後日談

おれは後からだんだん怖くなって、帰り道は大声で「たま」の歌を歌いながら歩いて帰ったのだった。ちょうどそんなおれとすれ違った仕事帰りの山形蕎麦ふくやのふくちゃんは、そんなおれの姿がいちばん恐ろしかったという。おそまつ。