〔おすすめ本〕田村元『歌集 北二十条西七丁目』
未刊の同人誌「まるくす」の同人仲間、タムこと田村元*1が歌集を出版した。おめでとう。
- 作者: 田村元
- 出版社/メーカー: 本阿弥書店
- 発売日: 2012/07
- メディア: 単行本
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学生時代の青春のタムも、満員電車に乗って会社へ向かうタムもおれは知らない。友人の普段は見せない部分を覗き見るようでなにか気恥ずかしい。おれの知っているタムは、いつも酒場で、旨そうに物静かに、だけどときおり熱く文学論など語りつつグラスを干している。
気に入られやすき人にて居酒屋でたまにもらつて帰る焼き海苔
(「マクドナルド」p.112)
そうだろうなぁ、タムは何処の酒場へ行ってもやさしく迎えらるんだろうなぁ。でも、どうして焼き海苔? その居酒屋には持って帰ることのできる焼き海苔が常備されているのだろうか。それとも、酔客のポケットのなかに?
二十代過ぎてしまへり「取りあへずビール」ばかりを頼み続けて
(「窓上広告」p.122)人生は意外と長いもんだねの「ね」が焼酎に濡れてしまつて
(「熊本純情同窓会」p.143)
もうアラサー! と言って騒いでみても、ほんとのところ、三十路になるまでなかなか人生は長い。そうしてこれからも、わりと早く歳をとるようでいて、なんだか焦れったい月日が流れていくのだろう。呑みながら人生とはなんて語る状況、これはもうかなりお酒がすすんで、深い話が始まっているのね。「人生は意外と長いもんだねぇ」と同意を促したいのだけれど、「えーそんなことないよ」と言われてしまうのを避けて「ね」を焼酎と一緒に呑み干してしまったのか、それとも酔っぱらって「長いもんだねぇ」と言う途中でうっかりグラスを倒して、テーブルごと「ね」を焼酎に浸してしまったのか......
大雪渓といふ名の酒に酔ひ痴れてわれは初夏の夜を失ふ
(「墓はつやつや」p.101)
これは先日おれもやってしまった。大雪渓はひやにすると美味しい、口当たりの良い日本酒で、するすると呑んでしまう。旨い冷酒の危険なところは、呑みやすいくせにあとからガツンと酔いがまわってくるところだ。
夏の夜のカレー三杯食べてのち寝言にもわれは「うまし」と言ひき
(「揺れてゐるもの」p.91)
そんなタムの姿がものすごく眼に浮かぶ。
俺は詩人だバカヤローと怒鳴つて社を出でて行くことを夢想す
(「バカヤロー」p.97)
うんうん、やってみたい(でもまだできない)。
友へ
さみしさをグラスの底に置いてゆく夏の雪ふるヒグラシ文庫
(「鎌倉」p.176)
鎌倉の立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」には「夏の雪」という名のオリジナルカクテルがある。
常連客の岩神六平氏が発案し、伴清一郎氏が名付けた、赤玉フルーツワイン&金宮焼酎&マッコリ&炭酸という究極のちゃんぽんカクテルなのだ。ワインの赤の上にそそがれたマッコリの白が、まさに灼熱に降る雪のよう。ほの甘く、柘榴に似た味がする。夏の雪で乾杯し、遠くへ旅立つ友を見送ったあの夜のさみしさ。
こんなとき詩歌がいかに無力かを誰かとしやべり続けてゐたい
(「経験値」p.149)
いや、そんなことないよ、案外じわりじわりと役立つのよ、とまた一緒に呑んでだらだらとしゃべり続けましょう。