読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

織女忌

母親が死んで、今日でちょうど半年になる。

親を失い、故郷を失い、おれはようやく「大人」になったような気がする。
帰る場所はもうどこにもない。それはかえってすがすがしいことでもある。
ホームシックになるだとか、親に反抗するだとか、それはとても贅沢な苦しみであったのだと今は思う。

いまでも時折母を夢に見る。夢の中に出てくる母はいつも完治していなくて、入院していたり療養所にいたり、家で真っ青な顔をしていたりする。
たとえそうであっても生きていて欲しかったという願望がおれにそんな夢を見させるのか。苦しみながら生き続けるよりは、さくっと逝ってしまったほうが母の幸せだと願ったはずなのに。

通夜の翌日、母は夢枕に立った。
「葬式ぃ? そんな辛気臭いもん、やめやめ! 『この世卒業お祝いパーティー』をやるから七里ヶ浜プリンスホテルを貸切にしといてよ。ちょっとこれから山に行って竹とってくるよ」

そうして颯爽と、呑み友達を軽トラの運転手にして出掛けて行った。戻って来た軽トラの荷台には七夕飾りがわんさかついた竹が乗っていて、それを夜の七里ヶ浜プリンスに搬入していた。

親戚の意向だとか、母の配偶者の意思だとかで、葬式は当たり障りの無いそれなりに格式のある普通の葬儀になった。そんなものを母の最期におれはやりたくなかった。もうちょっと長生きして、おれが喪主になれるまで待っていてくれたらよかったのになと思う。そうしたら七里ヶ浜プリンスとまではいかなくても、美味しい料理とお酒がある会場をおさえて、義理や付き合いなんて一切無しで母の友人だけ呼んで、朝まで思い出話で飲み明かしたのに。

「お経はいらないよ。どうしてもあの世に逝くのにお経が必要だと閻魔様に言われたら、そのときはちゃんと化けてでて知らせるからよろしく」
生前、母の言っていたこと。
命日なんて全然しっくりこないから、母の好きだった旧暦の七夕に毎年「織女忌」をしよう。笹と短冊を飾って、遠い星に向かって杯をかかげよう。
この世の常識になんて縛られずに、雲のうえでだったら母らしく過ごせるだろう。

この世卒業半年記念、おめでとう。
そちらは星がきらきらして、酒と煙草がすすむことでしょう。
好きな男をいっぱい囲って、今日も天の川のほとりで呑んだくれていることでしょう。
おれもそうやって、おれとして生きています。この大地を踏みしめて。