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醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔小説〕 白濁(仮)1

小説

神社の脇にたつ栗の木は毎年五月になると見事な白い花をつけ、わたしはその下を歩くたびにかつて口に含んだ何人かの精液の匂いを思い出す。体臭はひとそれぞれ違うのに、どうしてあれだけは濃さの違いさえあれ、同じような味がするのだろう。つんと、喉を灼く。舌の上に苦みが残る。

薄っぺらな味しかしない発泡酒で、酒井のそれを喉の奥に押し流す。流れに逆らうかのように、幾億かの精子たちが喉元でぴくぴくと暴れる。わたしの腹のなかで消化される、何処にも行き場のない生命たち。

ユニットバスの扉の向うから酒井がシャワーを浴びている音がする。酒井はいつも、した後すぐにシャワーを浴びた。そうしないと弱い彼の肌は荒れるのだと言う。一度せがんで、終わったあとそのまま酒井の腕にしがみついて眠ったことがあった。翌朝、彼のものは確かに赤く剥けてひりひりと痛そうだった。わたしは納得したけれど、自分の愛液が白膠木か何かの分泌液のようでひどく虚しかった。

セックスは好きだ。むちゃくちゃになってなにもわからなくなる感じが。

いつもはすましている酒井の顔が歪む。薄い唇から喘ぎが零れる。

口の中で果てる酒井の呻きを聞くとき、わたしは勝ち誇ったような気分になる。 誰に? それはわからない。

冷蔵庫の唸る音を聴いている。酒井は眼鏡をかけたまま眠ってしまった。その彫りの深い寝顔を、わたしは裸のまま眺める。美しい顔。

遮光カーテンの隙間から、通りをゆく車のライトが差し込んでくる。深夜になっても途切れることはない。騒ぎながら通ってゆく酔っ払いの一群。学生の頃から住み続けているこの街は、夜になっても気が休まらない。時折いたたまれなくなって、深夜まで開いている大型書店まで歩いてみたりする。そこではいつも、行き場のない人たちが鬱屈した本を探しているように見えた。ビジネス書のコーナーがやたらと広い。皆くらい顔をして、ハウツー本をためつすがめつめくっている。

シャツを羽織って酒井の隣に潜り込む。その厚い胸板に顔を押し当てると、筋肉質の腕で眠ったままわたしを抱きしめた。

朝が来ても、カーテンを閉め切った部屋では朝日で目覚めることはない。目覚まし時計を急いでとめて、酒井を起こさないように暗い部屋の中で身支度を整える。服なんてそんなに持っていないし、化粧も最近では口紅くらいしかひかない。くせ毛を結わえると、それだけで出勤準備は済んでしまう。

音をたてないようにそっと部屋を出る。合い鍵は酒井に渡してある。

 わたしが帰るころには、酒井の抜け殻のような布団だけがあるのだろう。わたしはその布団を片づけて、二人でした食事の後の皿を長い時間掛けて洗うのだろう。いつまでこんなことを続けていくのかと思いながら。

(つづく)

 

コメリナ・コムニス」を出版しました。

 

コメリナ・コムニス

コメリナ・コムニス

 

 

「わたし、先輩がいたから吹奏楽部に入ったんです」

吹奏楽部の後輩、瑞穂(みずほ)からの突然の告白に戸惑う夏来(なつき)。

「夏来は、恋なんてしたことないんでしょう」

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十七歳の想いは交錯する。