〔小説〕 終電車
なんて不覚。
最終電車に乗せられてしまった。
ホームで見送る彼。ドアの傍で手を振るか、さっさと空いてる席に座ってしまうか、迷ってしまうじゃないの。
東京は詳しくないから教えてほしい、とメールした。それじゃあ、お台場でも行ってみようかと返事が来た。観覧車の見える埠頭の駅で待ち合わせして、一緒に食事をした。
しまったなぁ、もっと酔ったふりをして、腕に触れたりするべきだったかなぁ。
どうでもいい男を振り回すのは造作もないことだけど、まずいことに、ちょっと好きになりかけていた。並んで歩くと不意にぶつかる手。いちいち、どぎまぎしてしまう。
ドアが閉まる。
それじゃね、と手を振ってみせる。
じゃあね、と小さく、彼の口が動く。
やっぱり悔しいから、すぐにドアの傍を離れる。発車した後に気づかれないように振り返ると、彼はそのまま黄色の線の内側に立っていた。次の電車を待つ人みたいに。
まさか「誘うのは二度目のデートから」なんて、男性誌に載ってそうなセオリーを信じてるわけじゃないよね? ふーん、まさかね。
地下鉄のホームに吸い込まれるように遠ざかる彼の影を見届ける。
次に会うときは、もう友達にしかなれないだろうと思う。
鞄の奥に仕舞っていたiPhoneを取り出す。
出張で遠い街にいる恋人に、おやすみのメールを打つ為に。