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醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

社畜は厭だから起業、は安易よ。〜「僕たちの前途」古市憲寿

書評

このまま雇われて働いていていいんだろうか、と近頃よく考える。書店には、おおげさな起業ではなくて、『ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方』『月3万円ビジネス』『1万円起業 片手間で始めてじゅうぶんな収入を稼ぐ方法』や、ノマドワークを進める本が並んでいる。そうか、小さくても「自分のシゴト」をいくつかつくっていけばいいのか。だけれどやっぱり不安になるんだ。ほんとうに、自分でお金をもらえる「シゴト」をつくることができるのだろうかって。

僕たちの前途

僕たちの前途

〔スケッチ0〕
「起業した方がいいと思いますか?」よく相談される。
 でも、僕のこたえは「一◯◯%絶対に起業はやめた方がいい」に決まっている。
 (中略)
 そもそも、「起業はやめた方がいい」と言われて起業しない人は起業に向いてないんだ。
 (松島隆太郎、経営者、二十九歳)*1

これは、著者自身も経営する会社「ゼント」の、若干二十九才の代表取締役の言葉。なるほど、とても納得。すごすごと引き下がりたくなったが、いやいや、彼らのような若手起業家の実際や、これからの日本の働き方の展望について、やっぱり知りたいじゃないか。読み進めることにする。

この本は大きく二部に分かれていて、前半は著者と親しい若手起業家たちのドキュメンタリー、後半は日本人がこれまでどのように働いてきたのか、日本で起業家とはどのように語られてきたのかが描かれている。

登場する若手起業家たちは(そうそう、著者自身も若干二十七才の社会学者だ)、前出の松島隆太郎(一九八三年生、千葉県出身)、東京ガールズコレクションを統括する村上範義(一九八一年、愛知県)、俳優であり映画監督でもある小橋賢児(一九七九年、東京都)、そして彼らをとりまく仲間たちだ。完全に、おれと同世代である。

雇われてしか仕事をしたことのないおれには、彼らの働き方は超人のように見える。東京ガールズコレクションのプロデューサー・村上氏は、常時携帯電話を三台持ち歩いている(電話用とメール用、そしてiPhone)。一日にかかってくる電話は二〇〇件にのぼる。起きている間はすぐさま電話にでる。それは、自分に電話をかけてくる人は自分よりも忙しいひとばかりだから。彼が共に仕事をしているのは、芸能プロダクションの関係者、大企業の重役など。時間がない相手を煩わせないようにするという、信念と敬意の表れが、携帯三台(バッテリーは五個!)なのだ。

いやいや、普通はそんなに仕事をしていたら厭になってしまうでしょ、と思うけれど、彼らにとって「仕事」と「仕事でないもの」の区別はない。「やりたいことを、やりたい仲間と」やっていたら、いつのまにかたくさん依頼が来るようになった。彼らに共通するのは、「起業」を目指して何かを始めたのではなく、何かを全力で楽しんでやっていたら、いつのまに法人にする必要が出てきたということ。

補章の田原総一郎との対談でも、著者は「起業することがゴールになってしまうのは、手段と目的が逆」と言っている。「雇われて働くのは辛いし、将来が不安」「それじゃあ起業するか」「でも何をして起業するかな」というのじゃ、頓挫する。

この本を読んでいて頭に残った、これからの働き方のキーワード。心から信頼する大切な「仲間」。ちょっとゆるい「つながり」。自分の「専門性」を突き詰めること。「足るを知る」こと。暗い現実を見つめて落ち込んでいても始まらない。まずは歩き出そう。

僕たちの前途

僕たちの前途

俳優だけでなくて映画監督もするようになった小橋氏の章を読んでいて、先日講演を聴いた水族館劇場の桃山邑氏の話を思い出した。

桃山邑 TALK EVENT -世界劇場としての、藝能・寄せ場・天皇制- - 醒メテ猶ヲ彷徨フ海桃山邑 TALK EVENT -世界劇場としての、藝能・寄せ場・天皇制- - 醒メテ猶ヲ彷徨フ海

水族館劇場という名の劇団がある。おれはその劇団のことを立ち呑み屋でたまたま知った。しばらく...

非日常として始まった藝能は、現代の「芸能界」においてはすっかり日常の雇用のひとつになってしまった(その日常から抜け出すために、小橋氏は旅に出ることになる)。おれたちが普段目にするものは、牙を抜かれ、鎖につながれた「芸能」になってしまっている。ひとつのところに留まらず、どこにも所属しない「藝能」に、おれはやはり惹かれてしまう。

*1:p.6