醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔小説〕少年 〜 浅川マキに捧ぐ

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逃げるように故郷を出て、この街に棲み始めてからようやく一年が経った。馴染みの店も見つけて、そこで呑んでいれば誰かしら知り合いがやってくる。話し相手には事欠かない。夕暮れの風が頬を撫でる頃になると、足はいつもその店へ向いてしまう。

結婚するつもりは始めからなかった。男はいつでも通って来るだけで、それくらいが気楽でいいと思っていた。それでも、長くなった独り暮らしに辟易することはある。

転勤した男を追って、同じ街に部屋を借りた。安いアパートの階段を軋ませて、あのひとは時折思い出したようにやってくる。来ればいつだって優しいが、朝には何の未練もなく去ってしまう。後姿を見送る暇さえ与えず。

勤め先は遠くなった。満員電車に揺られながらうつらうつらと、何処で暮らしてもなんの変わりはないだろうと、あたしは思う。何処へ行っても友達はできるが、独りであることに変わりはない。

だけどどうしてだか、無性に切なくなるときがある。それは郷愁なのだろうか、心細さなのだろうか。休みの日の火灯し頃、誰の足音も聞こえない路地。耳鳴りばかりがうるさい。

あたしはサンダルをつっかけて近所の公園まで駈けてゆく。石段を一足飛びに駆け上がり、丘の上に立つ変なモニュメントに寄り掛かって、軍港の向うへ沈む夕陽を見る。港から出る船は陽に染まり、その朱の中に埋もれていくようだ。そのものものしい船影と共に、あたしの一部が持ち去れてゆくような気もする。心はいつだってからっぽなのに。