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醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

ヒグラシ文庫開店三周年記念対談「ヒグラシ文庫が歩き出した時」に行ってきました。

鎌倉の立ち呑み屋ヒグラシ文庫が、この四月二十日に三周年を迎えた。記念対談の「ヒグラシ文庫が歩き出した時」におじゃました。登壇者は画家の牧野伊三夫さん、作家の大竹聡さん。司会に編集者の鈴木るみ子さんと、ヒグラシ文庫店主の中原蒼二さん。ヒグラシ文庫については、こちらを参照されたし。

鎌倉には「ヒグラシ文庫」という窓が開いている。 - 野原海明のWeb文芸誌|醒メテ猶ヲ彷徨フ海 (さめて なお さまよう海)鎌倉には「ヒグラシ文庫」という窓が開いている。 - 野原海明のWeb文芸誌|醒メテ猶ヲ彷徨フ海 (さめて なお さまよう海)

本の装丁などでもお馴染みの牧野伊三夫さんと中原さんが出逢ったのは、牧野さんがまだ二十二才の頃
だったそうだ。中原さんのところに北九州市からフリーペーパーを作って欲しいという依頼が来た時、共に編集をする仲間として、中原さんがすぐさま声を掛けたのが北九州市出身の牧野さんだった。せっかく作るなら単なる街案内に終わるのではなく、街の素顔を伝えたいと、牧野さんが案をだした創刊号の特集は「角打ち」。

第1号 特集「酒場」(2006年10月25日発行 在庫なし) | 北九州市の観光〜にぎわい情報サイト「レッツシティ!北九州」第1号 特集「酒場」(2006年10月25日発行 在庫なし) | 北九州市の観光〜にぎわい情報サイト「レッツシティ!北九州」

酒屋の店先の立ち呑みを「角打ち」という。北九州市には、そんな角打ちのできる酒屋がたくさんある。そこは地域の人達の憩いの場であると同時に、ちょっとネガティブな場でもあると中原さんは言う。酔っぱらいがくだを巻く、少しばかり寂しさのある場所。市役所が出すフリーペーパーしては、あまりふさわしくない特集かもしれない。でもこれが大成功をおさめることになる。飾らない街の素顔が見られるのは、その土地の酒場なのだと大竹さんは話していた。特集が角打ちに決まった時、「真夏の北九州で朝から三日間、連続で呑めるライターはいないか」ということで呼ばれたのが、牧野さんの知り合いだった大竹さんだったのだ。

時は流れる。

逗子に越してきた中原さんは、近所に棲む呑み仲間たちを「ヒグラシ文庫(まだこの頃は店ではなかった)」に呼んで、直会と称して少人数の呑み会を度々開くようになった。そんなときにやてきたのが、あの震災だった。経済成長を目指せばみんな幸せになれるという価値観は崩壊してしまった。お金があることよりも、人と人とのつながりがあることの方が大事だ。

大災害は生きているうちには起こらないだろうとなんとなく思い込んでいた自分を恥じ、自分には何ができるだろうかと思い悩んでいたとき、中原さんが出逢ったのが沖縄のとある酒場だったどうだ。八百屋の前の会議机に、一升瓶とコップがあるだけ。つまみは適当に近所から買ってくる。すごく原始的な酒場のあり方。こういう小さな商いなら、自分にもできるかもしれない。そうして人と人とを繋ぐようなことを、小商いとしてやっていきたい。逗子に帰ってきた中原さんは仲間たちと話し合い、鎌倉に小さな窓を開いた。中原さんの頭にあったのは、建築家である山本理顕氏の「地域社会主義」だった。

地域社会圏主義

地域社会圏主義

開店に際して、中原さんは牧野さんに看板の絵を頼んだ。モチーフに悩んだ牧野さん。ふと思いついたのは、中原さんがちょうどブログに上げていたミミズクの置物だった。

 CDを聴きながら… |  吹ク風ト、流ルル水ト。 CDを聴きながら… |  吹ク風ト、流ルル水ト。

ある日、気づくと木彫りのフクロウが、わが家に「居る」のだった。
買った記憶も、誰かにいただいた記憶もまったくない。
おれが、酔った勢いでどこからか持ってきてしまったのだろうか。
しかし、確かに居るのだ。

実はこれ、牧野さんがおみやげに買ってきたものであったそうだ(!)これも何かの縁と、ミミズクの置物がそのままモチーフになった。というわけで看板のなんだかわからない生き物は、「ヒグラシ」ではなく「ミミズク」なのだそうだ。中原さんが言うには、この看板のお陰で、立ち呑み屋になんて来そうにない若い女の子たちが「看板が可愛かったので」と店にやってくるようになったということだ。たしかに印象深い看板。どことなく店主に似ているような気もする。

素人ばかりの仲間内で内装を手がけて、震災から一ヶ月と少しで店は開いた。大竹さんも、時折ふらりと呑みに来る。

ひとりフラぶら散歩酒 (光文社新書)

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三年が経った。客層は三年スパンで変わるものだと、逗子の立ち呑み屋「三遊亭」のマスターが言っていたが、本当にそうだ。毎日のように呑みに来ていた仲間はがらりと変わった。けれども、ヒグラシ文庫が人と人とをつなぐ場であることに変わりはない。

人恋しい酔っぱらいの吹き溜まりか、作家たちの集う文壇・画壇サロンか。見る人によってその印象はまったく違うだろう。でもここでは、いつも何かが動いている。

で、おれは性懲りもなく、今日も一杯(いや、二杯?)ひっかけに参上するのだった。