読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

本当にやりたいことは、余暇に後回しにしちゃいけない。

日記 随想

「海明ちゃん、最近は何の仕事してるんだっけ?」
と訊かれると、どう答えたらいいか悩む。
「うーん、四足くらいワラジ履いてる」
「えっ? どんな」
「えーと、とりあえず図書館はまだ続けてるよ。大学図書館から公共図書館に移ったけど」
「それから?」
「あと、ライター」
「あとは?」
「なんか上手く説明できないんだけれど、図書館関係のイベント運営したりだとか、図書館の外から面白くする仕事。あとは、(小声で)小説」
「ふーん」

五年間世話になった会社を退職して、三ヶ月が経った。とにかく、家で仕事をしたいと思っていた。主婦らしいことは全然できないが、掃除や洗濯は好きだ。なんとなく掃除したり洗濯したりしながら、のんびりと書けたらいいなと思っていた。ありがたいことにライターの仕事は軌道に乗り始めて、ちょっとずつ依頼も増えている。

そうしているうちに、「のんびり書けたら」の「のんびり」の部分が手の届かないものになってきた。わかっちゃいたけど、四足のワラジはやっぱりきつい。急遽スケジュール変更、お題変更、朝から晩まで頭をよぎるのは〆切のこと。飛び起きてパソコンに向かって、そのまま深夜まで書き続ける。あれー、おれ、何のために仕事を辞めたんだっけ。なんか辞める前より忙しくなってるよ?

だんだん、朝起きるとダークな気持ちになってきた。しばらく、好きな散歩にも出掛けていない。家でキーボード叩いているか、オフィスで叩いているか、スタバで叩いているか。こんなに仕事に使うとは思わず四年前に買った白いMacbookは、許容量オーバーですぐにフリーズしてしまう。いらいらとしながら虹色のくるくるが止まるのを待つ。

「毎月決まって入ってくる給料」の額は半分程度になってしまったので、恐ろしくて今までのように本が買えない。幸い職場は公共図書館なので、目についた本を片っ端から借りてくる。

ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」

ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」

気がつけば、涙ぐみながら読んでいる。

大学図書館で仕事をしていたので、図書館に小さな子供が来ることが新鮮だ。ちっこいので、カウンターの向こうに目から上だけが見える。絵本を自分の頭より上まで持ち上げて、いっしょうけんめいカウンターに乗せる。きょとんとした目でこちらを見ている。貸出手続きを終えて絵本を差し出すと、背伸びをして手をのばして、ずるずるとカウンターの上を滑らせて抱えこむ。小動物みたいで面白い。

そんなちいさな子の一人が、「あのね、本のあいだにしおりをはさんだまま返しちゃったの」と言ってやってきた。

え、そんな栞なんて、見ていないけどなぁと、返却された本の間を一緒に探す。見つからない。彼女は真剣にページをめくっている。
「どんなしおり?」
「うんとね、チョコレートの入ってた金色の紙をのばしたやつと、あとレシート」

ああっ、それならゴミだと思ってリサイクルペーパーボックスに入れちゃってたよ。あわてて箱の中を探して、ごめんね、これだよねと言って返す。彼女は大事そうに、そのクズみたいな紙切れを手のひらにのせて帰った。

なんであんなもんが大事なのかねーとつぶやきそうになって、ふと思い出す。そういえばおれも、子供のころああいうゴミみたいなものが宝物だった。大人がうっかり捨ててしまうような。なんて大人たちはものわかりが悪いんだろうと思っていた。ずっと忘れていた。

おれの中に残る子供の部分が目を覚ます。「しごとしごとしごとって、ずっとしごとばかりさせないでよ。約束したじゃない。もっとアタシに好きなように書かせてくれるって。」

そうだった。けっきょくおれはいつも、書くための時間が取れるような仕事を選ぶ割に、「仕事が終わった余暇」でしか小説を書こうとしない。生きていくためには、金になる仕事を先にやらなきゃと焦っているのだ。それが大人の責任のような気がしてしまっているのだ。

税金の支払いに困って、市役所へ相談に行く。
「あなた、もっと収入につながる仕事をすればいいじゃないですか。それだけの能力はあると思いますよ」

窓口のおにいさんは呆れつつも、なんとなく同情を浮かべたような顔で言う。知ってるよ、そんなこと。でもそういう仕事してちゃ、生きていけないから困っているんじゃないか。

人生は、あくせく働いて金を稼いで、だらだらと浪費するだけの繰り返しかい? いや、違うね。おれは今生、やり遂げなくちゃいけないことがあるんだよ。