醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔小説〕じゃらん、じゃらん。(三)

初回の話 〔小説〕じゃらん、じゃらん。(一)
前回の話 〔小説〕じゃらん、じゃらん。(二)

二人で並んで、若宮大路を海に向かって歩いた。もう秋の風が吹き始めているのに、地元のおじさまたちは皆、ハーフパンツにビーチサンダルだ。ジーンズ姿に革靴で、色白の崇史は、見るからに他所者だった。
「海、ここから歩いていけるんだっけ」

崇史が訊く。
「十分くらいかな」

そういえば、こうやって崇史と並んで歩いたことが今まであっただろうか、と私は思う。付き合い始めた頃はどこかの店で待ち合わせて、その後しばらくしてからは、私の部屋だけで過ごすようになっていた。

並んで歩くだけでは、特に話すこともない。長い時間を二人で過ごしてきたはずなのに、私達は何を話してきたのだろうか。
「あ、ビーサン

崇史が足を止めた。海の近くの雑貨屋の前で、値引きされたビーチサンダルが売られていた。
「買ってあげようか。その革靴じゃ、砂浜歩けないし」
「うん」

崇史が選んだのは黄色いビーチサンダルだった。

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砂浜に降りて、骨組みの残った海の家の周りを歩く。日差しが強くて、崇史は顔をしかめた。「戻ろっか」と言うと、小さく頷いた。
「あのさ」

脇道にそれて歩く住宅街で、崇史がぼそりという。
「おまえの住んでた、あのマンション」
「うん?」
「仕事の帰りに前を通るんだ。明かりが消えてて、もう寝てるのかなって一瞬思って、でもよく見るとカーテンもなくって、もう、いないんだって思う」

じゃらんじゃらん。崇史の足が、慣れないビーチサンダルを引きずっている。私はここにいるのに、と思い、ああでも、ここに居る私とあそこに居た私はもう別の人間なのかもしれない、と思う。

托鉢のお坊さまとすれ違った。お坊さまは小さく会釈をして通り過ぎていった。鈴の音が、じゃらんじゃらんと、幻のように遠ざかる。(了)