酒場で酔い痴れた女
- 酔へば人が
- なつかしうなつて
- 出てゆく
- 山頭火
十二月廿八日 曇、雨、どしや降り、春日へ、そして熊本へ。
もう三八九日記としてもよいだらうと思ふ、水が一すぢに流れるやうに、私の生活もしづかにしめやかになつたから。――
種田山頭火 行乞記 三八九日記
呑み屋に行かない日は無い。人が生きて、動いているのを見ていたい。あてもなく点け続けるテレビのように。
酒場の顔触れは緩やかに変わっていく。同じ顔しか見ない時期もあれば、観光客ばかり続けざまにやってくる時期もある。ある者は遠方に越し、ある者は鬼籍に入り、またある者は仲違いをし。そうして見なくなったいくつもの顔。
「友達とワイワイする為に飲みに行くんでしょう?」
いや、人と話をしたいわけでもないんだ。知った顔はなくてもいい。あればちょっとうれしい。コップ酒の向こうで揺らぐ話し声。理想は知り合いが少し離れたところで話しているのを聞くともなく聞きながら、ぼんやりと考えごとをすること。
「若者は付き合いが悪い、全く飲みに行かない」という話を聞くこともあるが、立ち飲み屋に最近増えてきているのは二十代、三十代の男の独り飲みだ。所在無さげにスマホに視線を落とし。そうかと思えば、「酒場に来ているオンナは口説いてもいい」としか考えてなさそうな顔もある。
町の酒場で酔い痴れた女に 声をかけてはいけない
どんなにあんたが 淋しいときでも
浅川マキ「町の酒場で」
独りで呑む夜は静かに更けていく。安酒が沁みていく。