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醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

檻から出た獣が最後に犯した「罪」とは? ~ 薬丸岳『ラストナイト』

書評

顔には豹柄の刺青、左手は義手。何度も罪を犯し、その半生の殆どを刑務所で過ごしてきたた片桐達夫。59才になった片桐が刑務所を出てからふらりと顔を出したのは、30年来の友人である菊池正弘の居酒屋「菊屋」だった。

ラストナイト

ラストナイト

物語は、片桐を取り巻く人間の視点から語られる。菊池、弁護士の中村、娘のひかり……。世間から忌み嫌われる片桐だが、読み進めるうちにその刺青の下に隠された感情が気になって仕方なくなる。乱暴な素振りの裏に、ふと彼の人間らしい情がのぞく。

最初の傷害事件、3件の誘拐事件、1件の強盗事件の前科5犯。傷害事件を起こしてから、片桐の人生は転落に向かう。勤めていたラーメン屋をくびになり、妻子とは別れてしまった。その後に起こした誘拐事件は犯罪として破綻している。まるで、捕まる為に罪を犯したかのように。

 片桐はレンタカーで車を借りると、帰宅途中の男子中学生を無理やりその車に押し込み走り去った。男子を脅して自宅の番号を聞き、一千万円の身代金を要求する電話をかけた。両親はすぐ警察に通報した。だがそのときにはすでに男子が誘拐される現場を目撃していた人物から通報があり、レンタカーのナンバーなどから容疑者が特定されていた。
 片桐は脅迫電話をかけた直後に男子を解放し逃げていたが、顔中に刺青を入れているというこれ以上ない特徴から、数時間後に逮捕された。
 男子は車に拉致されている間は手足を縛られていたものの、乱暴なことはいっさいされておらず、解放されたときには片桐から「ごめんな」と言われお菓子をもらったそうだ。*1

稚拙な犯罪を繰り返し、何度も刑務所の中へ戻る。自ら檻に入る獣のように。なぜ、そんなことを繰り返すのだろう? 累犯者の刺青の下に隠された本心が、このミステリーの最大の謎となる。そして最後の夜、彼が犯した「罪」とは?

ミステリーはこれまであんまり読んだことがなかった。犯人がわかってしまったらそれで楽しみが終わりで、二度と読み返さない「読み捨て」の物語のように思っていたのだ(ごめんなさい)。しかし、ミステリーは単なる「謎解き」ではないことが、最近はわかってきた。『ラストナイト』に込められている、人間の憎しみ、情、自堕落さ、執念、狂気。読了して謎と事件の全貌を知った後も、読み返したくなる物語である。

そしておれは、今自分が書かなくてはいけない題材に気づいた気がする。「私小説なんて、アイデア乏しいヤツが書くもんだ」と言われたこともあるし、自分としても触れたくない部分ではあるが、それを一度形にしてしまわないと、おれは他のものを書けないのではないか? 口では誰にも語ることのできない憎しみと、しかしそれに付随する同情。そんな物語、読みたい人なんていないかもしれないが、書かなくてはいけないと思うのだ。

*1:薬丸岳『ラストナイト』実業之日本社、2016.7、p.26