醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

文化庁国際シンポジウム「現代芸術アーカイヴの構築に向けて—— 保存・発信・活性化」に参加しました。

慶應義塾大学三田キャンパス南校舎ホールで開催された、新進芸術家海外研修制度発足50周年記念 国際シンポジウム「日本の現代美術を支える——未来へ、そしてレガシーへ」の第2日目、「現代芸術アーカイヴの構築に向けて—— 保存・発信・活性化」に参加してきました。

zaiken50.jp

コーディネーターは、慶應義塾大学アート・センター教授でありキュレーターの渡部葉子氏。慶應義塾大学アート・センターは、かつてワタクシ野原が事務の嘱託職員として、5ヶ月間だけお世話になった研究所でもあります。その節は大変お世話になりました。

アーカイヴは資料を集めて保管するだけでなく、いかに活用してもらえるかということも大切。本シンポジウムは、国内外の事例を怒涛の勢いで学べる5時間(!)となりました。

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基調講演 1:ファラ・ワルダニ「東南アジアのアートと社会におけるアート・アーカイヴの重要性と挑戦」

ファラ・ワルダニ氏は、シンガポール・ナショナル・ギャラリー、リソース・センター副所長であり、インドネシアで初めての現代アート・アーカイヴを設立した方です。キュレーションだけでなく、教育に関わったり、ライターとして活躍したり、マルチな活動をされているのだそう。「アートシーンではスペシャリストとして特化することはできない」という言葉が印象的でした。ニッチな世界ではジェネラリストであることが大切。なるほど……。ワルダニ氏にとってアーカイヴとは、「パッション」。たとえそれが、他の人から見たらゴミのようなジャンクに過ぎなくても。多くの人が「どうでもいい」と思うような資料を取り扱うのは、果てしない気の遠くなるような取り組みです。

www.nationalgallery.sg

アーカイヴを広く知ってもらえるように、のインドネシア・ビジュアル・アート・アーカイブ(IVAA)では、若いアーティストに参加してもらって、アーカイヴを活用した作品をつくってもらうプロジェクトを行っているそうです。若いアーティストらが、アーカイヴそのものに新しい価値を与えていきます。

Indonesian Visual Art Archive | HomeIndonesian Visual Art Archive | Home

基調講演 2:ジョー・メルヴィン「彫刻、ソフトからハードへ、そして行きつ戻りつ・・・バリー・フラナガンとその同時代人たち」

ジョー・メルヴィン氏は、バリー・フラナガン・エステートのディレクター。兎の彫刻家として日本でも知られるバリー・フラナガンの遺したものを管理し、研究されています。

THE ESTATE OF BARRY FLANAGANTHE ESTATE OF BARRY FLANAGAN

バリー・フラナガンは、多くの人に作品やその他さまざまなものを見られることが大事だと考えていた芸術家だったそうです。生前から、アーカイヴのための資金を用意していたとか。自分が生み出したものをどう残していくか、作家自身がきちんと考えるべきだとメルヴィン氏は言います。そしてもし、作家自身が責任を持って考えていなかった場合、そのアーカイヴを管理する責任を持つのは、美術館なのか、あるいは何かの団体なのか。そのあたりをしっかり考えておくべきだ、と。

セッション1:日本からの現代芸術発信に向けて

後半のケーススタディでは、なんと7組もの、国内でアーカイヴを手掛けるみなさんが事例報告をされました。濃厚。

具体美術協会

「具体美術協会」のアーカイヴを担うのは、現在設計プロポーザルの最中である大阪新美術館建設準備室の高柳有紀子氏。

Artrip Museum 大阪新美術館コレクションArtrip Museum 大阪新美術館コレクション

もの派

「もの派」については、建畠晢氏(多摩美術大学)、梅津元氏(埼玉県立近代美術館)、上崎千氏(横浜国立大学非常勤講師)。もの派は、作品自体がほとんど残っていないのだそうです。展覧会をひとつのキーとしてアーカイヴを構築されているそうですが、展覧会のパンフレットだけでは実際どんな展示がされていたのかわからず、当時の担当者などを当たって話を聞き出すなど、なかなか大変そうな取り組みです……。サイトの構築も今後の課題とのことでした。

1970年代アートの記録—Video Information Centerを中心に

慶應義塾大学アート・センターのプロジェクトを紹介されたのは、本間友氏。Video Information Center(VIC)は、国際基督教大学の学生によって1972年に立ち上がった団体です。ビデオを用いてイベントを記録し、アパートからCATV放送をするという実験的なテレビ放送を行っていたとか。残された映像記録をデジタル化していくのが、目下の取り組みとなるそう。大量の映像資料は、慶應義塾大学日吉キャンパスの西別館に、ラベリングをされた上で保管されています。

慶應義塾大学アート・センター(KUAC)
 | 1970年代アートの記録―Video Information Center を中心に慶應義塾大学アート・センター(KUAC)
| 1970年代アートの記録―Video Information Center を中心に

セッション2:アーカイヴのキャリアパス

佐賀町エキジビット・スペース

佐賀町エキジビット・スペースについては、小池一子氏から。「まだまだ私たちの取り組みは、ベビーアーカイヴ」とおっしゃっていましたが、1983年に東京都江東区佐賀町で始まったこの「佐賀町エキジビット・スペース」という取り組みは、多くの方に影響を与えたもの。バブル経済の破綻でビルが売却されてしまい、スペース自体は2000年に17年間の歴史を閉じましたが、2011年に「佐賀町アーカイブ」として蘇りました。

佐賀町アーカイブ佐賀町アーカイブ

デザイン・アーカイヴ

デザイン・アーカイヴを紹介されたのは、京都工芸繊維大学の並木誠士氏。このアーカイヴは、文化庁「アーカイブ中核拠点形成モデル事業」として、武蔵野美術大学、文化学園大学、京都工芸繊維大学と、協力委員会によって構築され始めたのだそうです。どこまでが「デザイン」としてのアーカイヴの対象になるのか……難しい課題を抱えていますが、興味深いです。

草月アートセンター資料

草月アートセンター資料については、一般財団法人草月会の米田竜介氏がその概要を、慶應義塾大学アート・センターの久保仁志氏が研究内容を報告されました。「草月」は、勅使河原蒼風を初代家元とする、造形的な表現に挑戦するいけばなの流派です。生きている花を使った表現は、写真などの記録媒体がなければ後世に残すことはできません。家元は写真の研究にも熱心で、いけばなの伝書も残そうとしてきました。いけばなに留まらず、幅広い表現の場として始まった「草月アートセンター」の紙資料は、現在は慶應義塾大学アート・センターに寄託されています。

いけばな草月流 草月アートセンター | 草月を知るいけばな草月流 草月アートセンター | 草月を知る

建築アーカイヴ

建築アーカイヴについては、文化庁国立近現代建築資料館の藤本貴子氏から。大髙正人の建築資料を担当されているそうです。その主なアーカイヴの資料体は図面。トレーシングペーパーの原本に青焼き……多くは丸められて図面筒に入れられた状態で残されていました。それらに重しをしてフラットにするところから作業は始まります。その後、鉛筆でナンバリングがほどこされ、目録が取られた上で保管されていきます。都市計画の報告書などの資料が多く残っているところが、大髙正人のアーカイヴならではの特徴なのだそうです。集められた資料は、閲覧希望に対応する他、展覧会として活用されています。

文化庁 国立近現代建築資料館文化庁 国立近現代建築資料館

アーカイヴという悪夢みたいなもの

諸行無常の世に置いて、本来なら簡単に消え去ってしまうモノを収拾して保管し、後世につなげようとするアーカイヴ。その自然に抗うような取り組み、そのものこそが現代アートみたいなもので、保存するためにもがき続けていく悪夢である。……なるほどと思いました。どんなものがアーカイヴ資料として貴重なのか、判断することは難しい……いや、判断してはいけないのかもしれないですね。とにかく残すこと。ひたすら、忘却に抗うこと。果てしもない作業だけれど、そうやって残されたものがきっと何かに繋がるに違いない。アーカイヴという悪夢は、ワルダニ氏が言うように、それでもやっぱり情熱を注ぎたい活動なのだと思うのです。