醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔書評〕瞑想が苦手な人にもできるマインドフルネス『「今、ここ」に意識を集中する練習』

「マインドフルネス」という言葉を良く聞くようになった。名付け親は、マサチューセッツ大学医学大学院のジョン・カバット・ジン教授だという。『「今、ここ」に意識を集中する練習』の中では次のように説明されている。

マインドフルネスとは、自分の体や頭や心のなか、さらに身の周りに起きていることに意識を完全に向けること。批判や判断のくわわらない「気づき」*1

マインドフルネスと聞くと、思い浮かぶのは「瞑想」だ。けれど、瞑想だけがマインドフルネスではないという点にポイントを絞っているのが本書の特徴なのだ。

「今、ここ」に意識を集中する練習

「今、ここ」に意識を集中する練習

本書で紹介される53個の「練習」は、それぞれ一週間ずつ、ゆっくりと時間をかけて取り組めるようになっている。例えば、「『利き手でないほうの手』を使う」(WEEK1)とか、「痕跡を残さないように暮らす」(WEEK2)とか。どこから初めても構わないし、習熟したいものがあれば2週間以上続けてみてもいい。それぞれに「取り込むコツ」として、練習を日々の生活の中で忘れないようにするためのアイデアも紹介されている。

私は長いこと「瞑想」を避けてきていた。それは、十代の頃に読んだ好きな本、『西の魔女が死んだ』の中に、こんなセリフが出てくるからだ。

「この世には、悪魔がうようよしています。瞑想などで意識が朦朧となった、しかも精神力の弱い人間を乗っ取ろうと、いつでも目を光らせているのですよ」*2

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

これは主人公の少女「まい」が、魔女修行を始めようとするときに、魔女であるおばあちゃんが語った言葉だ。瞑想が悪いというわけではない。しかし初心者は、瞑想よりもまず、日々の生活を整えることから始めて、精神力を強くしようという考えだ。確かに習慣は何にも勝る。考えなくても体が動くルーティンワークは、その人の人生をつくっていく。

マインドフルネスのブームに誘われて、短い瞑想や呼吸法に挑戦してみたがうまくいかなかった。隙さえあれば本やスマートフォンを手に取る活字中毒の自分に、空白の時間はほんの一分間でも辛いものだ。けれどそうやって、常に何かを頭に取り入れている状態が良くないことは感じていた。いつでもハイスピードで走っているようで、心がここにいない、頭だけの生き物になっているような感覚。感情が引き攣れていくような感じ。

呼吸法の本を読み、瞑想の本を読み、話題のマインドフルネスが良いらしいのはわかったけれど、すぐ飽きてしまうし、続けられない……そんな中、本書の紹介する「練習」だけは、欠かさずに続けられている。

この本に出会ったのは、別府のデパートの中にある本やだった。それまでも地元の書店でよく見かけていたけれど、手に取ろうとは思わなかった。別府には仕事で行っていて、それ以外の仕事もパンパンに詰まっていて、何だかもういろんな感覚が麻痺しているみたいなときだった。その日の別府は関東よりもずっと寒く、雪までちらついていた。視察と会議を済ませ、旅館でチームメンバーと解散した後、どうしても私はそのままデスクワークに突入する気になれなかった。別府湾沿いの国道をぶらぶらと散歩し、たどり着いた「ゆめタウン」で出会ったのがこの本だった。合わせてもう一冊手に取ったのが『夜廻り猫』だったから、よっぽど私は参っていたのだろう。

夜廻り猫 1 今宵もどこかで涙の匂い

夜廻り猫 1 今宵もどこかで涙の匂い

漫画家・深谷かおるが、Twitterで始めた8コマ漫画。反響を呼び書籍化された。夜廻り猫「遠藤」が、心で泣く人に寄り添う、人情味あふれるエピソードがたくさん詰まっている。

雪の別府で始めた「練習」は、ついに18週目に突入した。続けてきて変わったことがある。出張に継ぐ出張の毎日で、掃除も洗濯もまともにできずグチャグチャになっていた部屋の状況が、少しずつ好転してきたのだ。「痕跡を残さないように暮らす」(WEEK2)では、「他の場所はできなくても、せめて洗面台だけはいつもきれいにしておこう」と決めていた。できないときがあっても自分をせめず、少しずつ少しずつ積み重ねていった結果、「朝起きたら、どこか一箇所だけでいいから掃除をする」が習慣となったのだ。

まだ練習は前半。その先を読んでしまいたいという気持ちはあるけれど、毎週月曜が来る度に読み進めていくのが、すっかり楽しみになっている。また何ヶ月かしたら、その後について書きたいと思います。

*1: ジャン・チョーズン・ベイズ『「今、ここ」に意識を集中する練習』日本実業出版社、2016.10、p.14

*2:梨木香歩『西の魔女が死んだ』新潮文庫、2001.12、p.68