もし、その宝石が食べられるものだったとしたら?〔書評〕長野まゆみ『鉱石倶楽部』
初めて手に取ったのは中学生の時だ。まだ文庫本にはなっていなかった。図書館で見つけたその本は、一見は鉱石図鑑のようだった。石の写真があまりに美しかったので手に取ったのだが、解説文を読んでみると、どうもおかしい。
アメジストなら「葡萄露」
例えば、アメジスト。
紫水晶とも呼ばれるその鉱石は、本書の中では「葡萄露」と紹介されている。
房状の六角果をつける蔓性鉱物。天然ものと、栽培ものがある。水分量は高く一カラットあたり、一オンス以上で、銀星糖(p.75)と同じく、発酵させた果実酒の人気が高い。これを菫星酒(ヴイオラ)と呼んでいる。もちろん、摘みとったそのままを食してもよい。夜露が滴る真夜中に味わうことができれば最高である。*1
本書に登場する鉱石には、このようにみな、食用を前提とした解説がつけられている。そしてそれぞれに、詩のような短い物語が添えられている。
左手に載せていると甘くなり、右手ならば酸味が強くなる、
どうして、
さあ、たぶん、ここの葡萄が気随なのさ *2
いつのまにか、図鑑の中の物語に取り込まれる
この風変わりな鉱石図鑑は「ゾロ博士」が編纂したものらしい。本書の冒頭に添えられた短い物語の中で、主人公の少年は放課後の理科教室でこの図鑑を見つける。翌日、教師に訊いてみるが、そんな本はリストに載っていないという。少年は真偽を確かめるため、従弟を連れて再び放課後の理科教室に忍び込む……。
鉱石に添えられたそれぞれの物語は、まるで彼らが図鑑の中に溶け込んでいってしまったかのように見える。それにしても、どの鉱石の写真も、とても美味しそうだ。
鞄にしのばせて、何度もめくってみたくなる一冊である。