〔書評〕 杉浦日向子『百日紅』~ 葛飾北斎に娘の応為、渓斎英泉が愛しくてたまらなくなる傑作
- 散れば咲き
- 散れば咲きして
- 百日紅
- 千代女
百日紅と書いて「さるすべり」と読む。サルスベリはその名のとおり、猿が木登りしようとしてもツルツルと滑りそうな、滑らかな木肌をしている。
花の季節は長い。7月頃から咲きはじめ、9月の終わりまで紅い花を開き続ける。「百日紅」という漢字は、この花の時期の長さからつけられた。
散れば咲き散れば咲きして百日紅
この句を詠んだのは、加賀千代女(かがの ちよじょ)。江戸時代に活躍した俳人だ。加賀国公任(現在の白山市)で表具師の家に生まれた。12歳で岸弥左衛門の弟子となり、16歳という若さで女流俳人としての頭角を現す*1。
散っても散っても尽きずに咲き続ける紅い花。作者の杉浦日向子は、この花に北斎の画才を連想した。
ご存じ画狂老人、葛飾北斎。
その娘で「人三化七」(じんさんばけひち)ならぬ、北斎曰く「人無し化十」のお栄ちゃん(葛飾応為)。なお、人三化七とは、人間三分で化物七分の面のまずい女のこと。
そんな父娘のところに居候する、女ったらしの池田善次郎(のちの渓斎英泉)。
この三者にときどき歌川豊国門下の問題児、歌川国直が加わり、一話読み切りの物語は進む。
漫画の中に組み込まれる北斎やお栄の絵は、浮世絵をそのまま当て込んだように精巧だ。杉浦日向子の筆は、するりするりと江戸の光景の中を走って行く。
売れない居候の善ちゃんは憎めないし、サバサバしつつも恋心を隠しきれないお栄ちゃんは、北斎に「アゴ」と呼ばれる器量だってやっぱり可愛い。北斎を取り巻く人々にどんどん情が移っていく漫画なのだ。
盛りだくさんのちくま文庫上下巻。それなのに、読み終えてしまうのがとてもとても淋しい。
- 作者: 杉浦日向子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1996/12/01
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2015年にアニメ映画化された。お栄の声を杏、北斎を松重豊が演じている。
- 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
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『北斎と応為』は、カナダ人の作家キャサリン・ゴヴィエによるお栄ちゃん(応為)が主人公の小説。『百日紅』に登場するお栄ちゃんは20代だけれど、こちらの小説は彼女の生涯が描かれた長編だ。読んでいると、つい漫画のお栄ちゃんの顔が浮かんできてしまう。
- 作者: キャサリン・ゴヴィエ,モーゲンスタン陽子
- 出版社/メーカー: 彩流社
- 発売日: 2014/06/12
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*1:日本俳句研究会. 加賀千代女". https://jphaiku.jp/haizinn/tiyojo.html