醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

世界最古の図書館が扱っていたのは「本」ではなかった〔図書館の歴史を探る〕

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世界で最初の図書館は、何のためにつくられたのだろうか? 図書館の歴史を遡って探ってみよう。

私は、紙でつくられた「本」が誕生してから、図書館が生まれたのだと思っていた。でも、実際はそうではなかったのだ。

「書く」という行為が始まると同時に図書館は生まれた

史上に残る最古の図書館は、メソポタミア文明のものだ。チグリス川とユーフラテス川に挟まれた「肥沃な三日月地帯」と呼ばれる農業地帯に誕生した。今から5000年前のことだ。

メソポタミア文明の文字は、「くさび形文字」と呼ばれ、粘土でできた板に刻まれて残された。この頃、まだパピルスは無く、もちろん紙なんて発明されていなかった。

初期の粘土板の文書には、商取引や納税の記録、兵士の徴募・供出などの行政上の記録が記された。そこにやがて、叙事詩や神話、科学や歴史、哲学を記した物が加わっていく。

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粘土板の厚さは約2センチ。これを日干して乾かしたり、陶器と同じように窯で焼いたりして頑丈にしたものを、かごや壺に入れて保管する。

これら大量の粘土板を、保存して整理する場所が必要となった。つまり、それが人類史上の図書館だったというわけだ。

焼け残った図書館資料が伝説の都市の存在を証明した

古代都市が侵略者によって征服されると、その都市の図書館が持つ粘土板は略奪されるか、もしくは建物ごと焼き落とされてしまう。しかし、紙の本と違い、粘土板は燃え尽きたりはしない。館を失った文書は、その後も砂漠の砂に埋もれて残り続けた。

1970年代、そんな忘れ去られた古代の図書館のひとつが発見された。シリア北部にあった都市「エブラ」の図書館だ。この都市は紀元前2500年前に商業の一大中心地として繁栄したが、侵略された後はすべての記録は消え去り、都市の存在すら伝説ではないかと言われていた。砂漠の下に眠っていた2万枚もの粘土板が、この都市の実在を証明したのだ。「原カナン語」で記された粘土板は、人口25万人の大都市の経済と文化を後世に伝えた。




粘土板の図書館にも分類は存在した

古代最大の図書館のひとつであるニネヴェ図書館は、紀元前7世紀にアッシリアの王、アッシュールバニパルがつくらせたものだ。この図書館に収められた粘土板は3万枚以上にのぼる。

複数の言語で記された粘土板は、そのカタチによって内容が分類されていた。たとえば、四角い粘土板には「金銭の取引」が刻まれ、丸い粘土板には「農業の情報」が記された。

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さらに、保管される部屋によっても内容が分類されている。その分類項目は、行政記録、歴史年代記、詩、科学、神話、医学文献、王の命令と許可書、占い、予言、神々への賛歌などであった。これが、史上最古の「分類された」図書館だ。

さらに王は、王国の隅々に書記を送り、他の図書館がどんな粘土板を所蔵しているのか記録させた。それは、史上初の目録となった。

情報を握るものが全てを制す

この時代の人々にとって、知識と知恵の源泉である図書館は崇敬の的だった。アッシリアの王が熱意を注いだように、図書館を制する者が権力を握っていたのだ。

図書館といえば、紙の本ばかりを連想してしまう今日の私たちだが、最古の図書館には、私たちの知るような「本」はなかった。「情報」は、時代とともにその姿を変える。粘土板から紙の書物に、そして電子のデータに。カタチは変化しても、情報を制する者が全てを制する社会の仕組みは変わらない。

古代の図書館は、権力者が情報を集約して握るためのものだった。現代の私たちに「開かれた」図書館は、どんな役目をもたらすだろうか。

参考文献

図説 図書館の歴史

図説 図書館の歴史

  • 作者: スチュアート・A.P.マレー,Stuart A.P. Murray,日暮雅通
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 単行本
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