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融合施設の図書館司書が持つべきスキルとは? ~ 図書館総合展2019フォーラムin須賀川へ参加しました

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図書館総合展2019フォーラムin須賀川」に参加しに、久しぶりに福島県須賀川市へ行ってきました。図書館総合展とは、館種を超えた図書館界全体の展示会だ。毎年秋に横浜で開催される本展には、日本全国の図書館関係者や図書館関連団体・企業が一堂に会す。そのミニバージョンが「地域フォーラム」では日本各地を巡回して開催される。毎回、その開催地ならではテーマで講演会やパネルディスカッションなどが企画され、なかなか横浜まで足を運べない図書館関係者の交流の場となっている。

被災したまちに生まれた複合施設……というより「融合施設」

須賀川市は、福島県のちょうど中央のあたり、郡山市のすぐ南隣に位置する人口約76,000人の街だ。古くは宿場町として栄え、松尾芭蕉も滞在していた。1964年の東京オリンピックで銅メダルを獲得したマラソン選手・円谷幸吉の故郷であり、ゴジラやウルトラマンを生み出した「特撮の神様」円谷英二の出身地である。ちなみにふたりの円谷は親戚であり、彼らを題材にした小説もある。

2011年3月11日、東日本大震災による須賀川市の被害は甚大なものだった。震度は6強。もっとも損壊の激しかったのは市の中心部で、約5,000棟の家屋が半壊以上の被災を受ける。市庁舎と、同じく公共施設の総合福祉センターは全壊。追い打ちをかけるように放射能問題も発生した。

それでもこの地で生き続けることを決意した人たちが、この地に誇りを持ち、世代も分野も超えて交流できる場所が必要だった。そうして2019年1月11日、ついに須賀川市民交流センター「tette」(てって)が産声をあげる。今回の図書館総合展は、この場所が舞台だ。

須賀川市民交流センター「tette」の立役者たち

近年、建て替えられる公共施設の多くが、いくつもの機能をひとつの建築に内包する「複合施設」だ。須賀川市民交流センターtetteも、図書館、生涯学習、子育て支援、ミュージアムなど、複数の機能を併せ持っている。しかしこの施設が他の「複合施設」と違うのは、すべての機能が連携し、さらには融け合っている「融合施設」であることだ。

私が須賀川に始めて訪れたのは2015年春のこと。アカデミック・リソース・ガイド株式会社(ARG)のスタッフとして、主に図書館部分のコンサルティングを担当した。2015年の春は、まだ基本設計の真っ最中。「融合」というコンセプトはあったものの、それをどのように設計へ反映させていくのか、一体どうやって運営すればいいのか、話し合うべきことは山積していた。

フォーラムの第1部「tetteが拓く協働・融合する未来ー従来型の『複合』を超えるデザインとプログラム」では、この融合する施設を生み出すために果てしない議論を積み重ねたメンバーが登壇者となった。

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左から佐久間貴士氏、十河一樹氏、長谷部久美子氏、畝森泰行氏、岡崎朋子氏、そして司会の岡本真氏

まずは、tetteのセンター長を務める佐久間貴士さん。佐久間さんは2014年から市民交流センター整備室の室長として、このプロジェクトを取り仕切ってきた、バリバリの行政マンだ(設計チームいわく「須賀川の桑田」。サザンを歌ったら右に出る者はいない)。

続いて株式会社石本建築事務所の十河一樹さん。今回の建築設計は「若手建築家と大手建築事務所のコラボ」が条件となる珍しいプロポーザル方式で選ばれている。十河さんは「大手建築事務所」の担当者。tette以外にも、数多くの庁舎、銀行、図書館などの設計を手がけている(トレードマークである洒落たフレームの眼鏡は、ウルトラセブンを意識しているに違いない)。

中央にはNPOマミーズガーデン代表の長谷部久美子さん。tetteパートナーズクラブのメンバーでもある長谷部さんは、この施設の主役である「市民」の一人だ。tetteのラジオ局ウルトラFMでパーソナリティも務めている。

そして、建築家の畝森泰行さん。「Small House」で第28回新建築賞、英国AR House Awards 2013 優秀賞を受賞した若きホープだ(将来は大先生と呼ばれるに違いないのだが、設計チームのメンバーは「うねちゃーん」とひやかしている)。

最後に須賀川市中央図書館の岡崎朋子さん。職員として須賀川市に採用されて以来、図書館の司書として務め続けてきた。「融合施設としての図書館」という、まったく新しい概念をつき出され、おそらくもっとも戸惑った担当者の一人だろう。

司会は、アカデミック・リソース・ガイド株式会社(ARG)代表取締役の岡本真さん。コンサルタントとして行政・設計・図書館の橋渡しを続けてきたARGは、元スタッフの私が言うのも変だが、まさに司会役としてぴったりだったと思う。

「融合」なんて絶対やらない!?

佐久間センター長は、もともとこの施設の建設に反対だった。広すぎるスケール感、吹き抜けやテラスの多さ、その上、図書館の蔵書が施設全体に散らばっている。管理する人間のことをまったく考えていない設計なのではないかと疑問を持った。

「行政だけでやっていたら『融合』なんて絶ッ対、やらないですよ! 管理しやすいのはタテ割ですから」 

施設概要を説明しながら、佐久間さんは冗談みたいに(でもきっとかなり本音)そう言った。

「けれど、市民がいちばん望むもの、市民が居心地良くいられることをいちばんに考えて、最終的には設計が打ち出してきた『融合』というコンセプトに挑戦しようと決意したんです」

「融合」というコンセプトは、設計の当初からあったものではなかったと畝森さんは言う。35回も重ねた市民とのワークショップの中で見えてきた須賀川市の課題は、横のつながりが薄いことだった。それぞれ意欲的に活動している市民団体はある。でも、そんな団体同士の連携は見られない。それなら、交流が生まれるような「空間」をつくってみたらどうか。

新建築2019年3月号/リノベーション特集

新建築2019年3月号/リノベーション特集

料理教室が開かれる部屋の周りにはレシピ本を置き、バンド練習のできるスタジオの周りにはスコアを置く。子どもたちの遊び場の周りには絵本や、子育て中の大人に参考になる本を置く。図書館の資料が、施設のすべての役割に寄り添うようなしかけだ。

それは確かに、管理運営上には課題の多いことだ。けれど実際に開館したこの施設を見て、このコンセプトが生きていることを感じた。これまで図書館に来たことがなかった人も、気軽に本を借りていくようになった。観光客も、まずは立ち寄ってみようと思う施設になった。

施設の中を歩いていると、不思議な光景に出くわす。ソファーでくつろぎながら週刊誌を読んでいるおじいさんの向こうに、遊具で飛びまわっている子どもたちが見える。そのはしゃぎ声は「午後の教室に聞こえてくる、他のクラスのプールの音」のような、ほどよいBGMに感じられる。通常の図書館では、関わり合うはずもない世代の人々が交差する。

ここに来れば、誰かに会える場所

長谷部さんは「以前の図書館には子どもを連れて行きづらかった」と話す。「静かにしていなくてはいけない」従来の図書館では、子どもが騒いだり駆け回ったりすることにいちいちハラハラしていなくてはいけなかった。でもtetteなら、子どもたちが元気にはしゃいでいても、安心して大人たちも自分の活動ができる。

「完成するまでは、どんな施設になるのか想像もつかなかったんです。私たちが活動できる場所はあるのだろうかと心配する声もありました。でも、できてみたら、毎日でも通いたい場所になったんです!」

その言葉どおり、長谷部さんは本当に毎日来館しているらしい。そんな市民はおそらく長谷部さんだけじゃない。tetteは「ここに来れば誰かに会える場所」になったのだ。

十河さんは、「設計者が意図していなかったような、意外な使い方をしてほしい」と話す。設計者にとっても、建物は建築が終わったらそれで完成、ではないのだ。使われてからこそ、建築には命が吹き込まれる。

数え切れないほどの先進施設への視察

「整備と運営が別々になってしまった施設は悲劇」と岡本さんは言う。整備が終わり、開館と共に運営の担当が新任者に変わってしまうと、設計の意図が伝わらないことが多い。幸いtetteの場合は、整備室長がそのままセンター長となった。

もともと整備室は産業部の下にあり、生涯学習・スポーツ部の下に図書館があった。これを再編して首長部局にし、センター長を部長級にすることで、市長へ直接掛け合うことが可能となった。これは、長野県の塩尻市市民交流センター「えんぱーく」から学んだという。

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塩尻市民交流センター「えんぱーく」

須賀川市の担当職員は、信じられないほどの数、先進施設の視察に出かけた。なんと予算が足りなくなって、6月補正を組んだくらい……!「インターネットで見ても、他の施設の良さはわからない」と佐久間さんは言う。

「大切なのは、実際に足を運び、その施設の担当者としっかり話をすること。そして、まちなみの雰囲気を見て、その施設が町にとってどのような役割をしているのかを感じることです」

融合を目指すtetteでは、もともとまったく別の部署にいた職員同士の連携をつくることも大切だった。泊まりがけで多くの町へ視察の旅に出かけることが、職員同士の絆を深めるのにも一役買ったのではないか(私も担当のみなさんとたくさん旅ができて楽しかった)。

tetteには、数多くの施設から学んだことがそのまま生かされている。開館後、今回初めて訪れた私は、tetteのあちこちに視察先へのオマージュを見た。日本中の先を行く施設の幻影が立ち上ってくるかのように。

さまざまな機能が融合する施設で働く図書館司書に必要なこと

フロアからの「融合施設の図書館司書として、身につけるべきスキルはなんですか?」という質問に対する岡崎さんの回答に胸を打たれた。

「それは、市の総合計画をきちんと読むことです。そして、まち全体を見渡して、まちのことを知ることです」

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専門職として採用された司書は、図書館の中で働き続ける。うっかりすると、「図書館の中のこと」「図書館によく来る利用者のこと」だけしか見えない図書館司書になってしまう。専門職として司書のスキルを磨くことは大切。けれど、自分たちの働く図書館が何のためにあるのかを、忘れてはいけない。

岡崎さんの話したことは、複合施設に限らず、単館の公共図書館で働く司書でも言えることだ。ただ、須賀川市の場合は、融合施設となったことがそれを強く意識するきっかけとなったのだろう。

図書館の中に閉じこもっていないこと。行政職の職員としっかりコミュニケーションを取ること。まち全体を見渡して、司書の自分だからこそできることを考えること。

市民は「お客さん」ではなく、施設の「主役」

施設の主役は、そこをつくった人でも、そこで働く人でもない。このまちで暮らす人々だ。このフォーラムのパネルディスカッションでも、真ん中の席に市民として長谷部さんが座っていることに意味を感じた。

そして、市民は主役であって、行政サービスを受けるだけの「お客さん」ではない。自分たちの施設を、自分たちの手で運営していく。それがこれからのtetteの課題になるのだろう。「ボランティア」や「お手伝い」にとどまらない、市民が主役の公共施設のこれからを、また見に訪れたいと思う。

ジャーナリズムの持つ力

最後に岡本さんが、佐久間さんが図書館の重要性を知り、大きく考えを変えたきっかけとして、猪谷千香さんの書いた『つながる図書館』があったと紹介した。ジャーナリズムの力、その重要性。最後にそれで締めくくったのは、元担当スタッフであり、「ライブラリー・ジャーナリスト」という肩書きで新たなスタートを切った私への、密かなエールだったのではないか、と勝手に思っている。

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