夢
今日から休み。眠くて眠くて仕方がない。起きたり寝たりしながら夕方六時過ぎまで布団の中にいた。たくさん夢を見た。
年末帰省の連絡をするため、母に電話をする。
いくら掛けても、出ない。
母の友達が言うには、ひと月前ほどから失踪していて連絡がつかないとのこと。これはもう遭難でもしていて、生きてはいないだろうと話している。そうか、母は死んだのか。遭難とは実に母らしい素敵な最期だ。しかしもう死んだのなら、故郷に帰る家はなくなったな…と思っていたら、母から電話が掛かってくる。
「なんだ、生きてたんじゃん! 年末帰るからよろしくね。もつ煮が食いたいな」
目が覚める。
ああそうか、夢か。
実際の母は遭難なんていうかっこいい逝き方ではなく、病院の集中治療室で死んだ。
またふて寝する。
今度は、夢の中でもすでに母は亡くなったことになっている。帰省していて、母の仕事部屋にいる。母の蔵書のうち、読みたいものを必死で選んでいる。
もうおそらく、二度とこの家に来ることはないのだから、と焦っている。
全部は持って帰れない。持っていけても置いておく場所がない。
焦りながら目が覚める。
母の本を引き取りに行くことはそもそももうないかもしれない。
母が死んで、実家はなくなった。
実の家、か。
おれが六歳から十五歳まで棲んだその家。
母を縛ってた箱、母を縛ってた夫の家。
「帰りたくない」といつも母は言っていた。
出かけると、自分の家に帰る曲がり角がわからなくなるという。何年経ってもそうだった。いや、そこは「自分の家」などではない、といつも言った。
こんなに早く逝くのなら、どうしてもっと早く自由にしてやれなかったのだろう。法的に離婚をする方法は、いくらでもあったろうに。おれが手助けできることも、たくさんあっただろうに。
夫が死んだら、家を一掃するか、憧れだった長野に移り住んで、毎日絵を描き小説を書くのだと言っていた。しかし先に逝ったのは彼女のほうだった。
夢を見る。
退院してきた母は、げっそりやつれて、青い顔をして、それでも夫の為に台所へ立つ。風邪をひいて高熱を出していても、いつもそうだったように。
おれは台所という場所が恐ろしい。三度三度飯の支度をするという行為が恐ろしい。
母さんはもう死んだのだから、ご飯は作らなくていいんだよ、と泣きすがる。母は力のない笑みを浮かべる。
さて、あの男は独りでどんな年末を過ごしているのだろうか。
赤の他人だったら同情できるだろうに。
非道な娘はもう二度と、その男が生きているうちにあの家には行きたくないと思っている。
会えば殺してしまいたくなるだろう。
それはおれが生涯抱えていく闇だ。