老いる
自分が子供だったころから子供が苦手だった。早く大人になりたかった。
二十代も終わりに近づいて、おれは年をとればとるほどガキになっていくような気がしている。かつての同級生がお父さんやお母さんになって落ち着いていくのに、おれはどんどん生意気な、自意識過剰な、中学生に戻っていくようだ。
一番背伸びをしていたのは二十二の頃だった。ハイヒール、ベージュの網タイツ、タイトスカート、ワンレングスの髪をひっつめにして。当時四十だった恋人に追いつきたかったのだろう。大人の男の隣で、平然と笑っていたかったのだ。
若くていいよね、と、これまで数え切れないほど言われた。ハイティーンの頃は二十代のおねえさんに。今は年上の呑み仲間たちに。
一生云われるんじゃないか、とおれは今思っているよ。
年をとることは少しも怖くない。
女は、年をとればとるほど美しくなる。
そう言ってみせたのは高村光太郎。
おれが嘗て愛した男は、女がいちばん美しいのは二十七の頃だと言った。
おれはそんなこと、もう信じない。
ずっと憧れている女性がいる。
名もない、ひとりの女だ。
ご主人は大学教授だったそうだが、随分と昔に亡くなった。
独りで、喫茶店にやってくる。
深紅のマニキュア。骨がごつごつした細い指で煙草を挟み、ゆっくりと煙を吐く。
背筋は美しく伸び、ウエストは信じられないくらいしまっている。
いつでも華奢なハイヒールを履いている。
もう七十を過ぎているといった。
確かに顔に刻まれた皺は七十のそれだし、髪も美しい純銀だ。
真っ赤な口紅。
珈琲をいつも注文するけれど、胃を壊してしまったからと、ある時から口をつけなくなった。薫りがすればいいのだと言う。
深紅のマニキュアが本当に似合うのは、七十を過ぎてからだ。
おれはそういう女に憧れる。
髪が白くなるのが楽しみで仕方ない。
どんな色に染めようか。
白い髪は、何色にでも美しく染まるだろう。
増えてゆくシミが愛しくてしかたない。目尻に残る皺も。