醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

非正規にはできない仕事をする為、正社員になる...のではなく、新しい働き方を始める。

どうやら日本の企業というのは、大学を卒業した直後でないと「新卒」として雇ってくれないらしい、バイト経験しかなくても、ひとたび大学を卒業してしまえば「中途採用」扱いになってしまうらしい......ということを知ったのは、大学三年になってからだった(世間知らずも甚だしいとお叱りになってよろしくてよ)。

一学年上の友達が「もう少し就職活動したいから、単位をわざと落として。来年度は半年だけ五年生になる」と言っていて、「は? 何の為に? 学費もかかるのに?」と訊いたら、すごく丁寧に教えてくれたのだ。で、おれは慌てて「シューカツ」とみんなが呼ぶものを遅ればせながらスタートさせたのである。

ちょうどその頃、日本テレビで「ハケンの品格」という連続ドラマをやっていた。篠原涼子が主人公の、派遣という働き方を描いたドラマだった。

ハケンの品格 | 日テレオンデマンドハケンの品格 | 日テレオンデマンド

篠原涼子演じる大前春子は、「お時給」三〇〇〇円のスーパー派遣だ。派遣なので決して残業はしない。お昼は節約して、常にワンコインランチ(鯖の味噌煮が好物らしい)。派遣先の人間と交友関係は結ばない。

どんなに成果を出しても手柄は正社員のものとなる。風邪をひいて寝込んでも何も保証されるわけではない。そんな派遣の虚しさや辛さが前面に描かれていたはずなのだが、大学三年だったおれは、逆にこの派遣という生き方にガッツリ共感したのだ。

契約期間は三ヶ月。その間だけの僅かな人間関係なので、周りと深く関わりはしない。三ヶ月働いたら次の三ヶ月は全く仕事はせず、バックパックで世界を旅する。残業はせず、アフターファイブは完全に自分の時間にし、フラメンコのダンサーとなる。

将来に保障は無いし、身体を壊したら突然貧窮する。でもそんないきあたりばったりの生活がとても魅力的に見えたのだ。おれは決して正社員になどなるまい、そんな不自由な生活は嫌だと思い、大枚はたいて買ったリクルートスーツは処分した。そうしておれの非正規図書館司書生活がスタートしたのである。

残業が無いというのはとてもありがたいことだったし、そんなに必死に働かなくても決められた時間職場にいるだけで生活費くらいは稼げてしまう。ブランド品を買いたいわけでもないし、積極的に旅行がしたいわけでもない。ユニクロの服を着て安いアパートに棲んで、一日に二、三杯のお酒が呑めるならそれ以上望むものは何もなかった。

しかし、楽な生活には飽きが来る。友人たちが正社員としてばりばり働いて成長していくのを横目に、おれはここでのうのうと、単調な仕事をしていていいのだろうか? とふと思う。このまま同じ会社で非正規雇用を続けるのなら、いくら技能が上がってももう昇給は無い。司書としてスキルを上げていこうという意欲は持てなくなっていた。

正社員でないとできない仕事がある。非正規雇用は将来が不安定である代わりに、そんなに大きな責任を追わなくてもいい。だから、責任ある仕事はそうそうやってこない。おれは正社員として働く人達がするような仕事が羨ましくなっていた。おれにもそういうことができるはずんなんだ。......いや、でも本当にできるのか?

いやいや、いまさら正社員になりたいわけではない。勤務時間や勤務場所が決められた働き方は卒業したい。悶々としながら、働き方の本をいくつも買ってみる。

あたらしい働き方

あたらしい働き方

そうか、これからは雇われるという働き方ではなくて、共に力を出し合うパートナーシップか......でもどうやったらそんな働き方が始められるのだろう。

人生というのは不思議なもので、そんなことを考えて続けていたら本当にそういう道が繋がった。それもtwitterfacebookがご縁で。文明の利器よ、ありがとう。

遅刻をしないよう満員電車に飛び乗る生活にさらば。その代わりおれは、自分で自分を律して仕事をしていかなくてはならない。あたらしい働き方の日々が始まった。おれは自分の怠け癖にイライラとしながら毎日を模索する。そうしてあらためて自分の経験の少なさを知る。「契約社員の司書で、いくら経験を積んでもスキルにはならない」と諭してくれた人があったが、それはこういうことだったのか。与えられた仕事を円滑に回すことと、自分の頭で考えてお金を得ることは別の能力なのだ。