醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

委託業務から得たノウハウは還元すべきもの……か?

アウトソーシングの会議を隣で聞いていた。「アウトソーシングの業務を受けて得た気づきを、受注している会社にフィードバックすること」。なるほど、外部委託というのは、ただ仕事をお願いするだけじゃなくて、働く上で得たノウハウを共有してもらう必要があるのか。


おれは業務で得たものを残して来ただろうか

おれは、図書館業務を委託する会社のスタッフとして働いていた。部分委託だったので、図書館業務の一部分をまるっと引き受ける形だった。開館・閉館作業、カウンター業務、新規購入本の登録と装備、配架・整理、そして、日本十進分類法(NDC)の古い版から最新版への付け替え。

おれは委託していた仕事で得たものを、その大学図書館に残して来ただろうか。ルーティンワークはマニュアルを作っておいたからたぶん大丈夫。でも、NDCの付け替えは?

工学部のみの大学だったので、4類(自然科学)と5類(技術)の本が蔵書のほとんどを占めていた。そしておれは、三年半の契約中に、420~599までのメインとも言える蔵書を、ちまちまとひとりで9版に割り振ったのだ。

おれが投入される前までは、同じ業務ができるスタッフがもう一人いた。一人が変更したものを、もう一人がチェックして、お互いの意見が分かれるところは協議の上、どの分類にいれるか決める。

しかし人員削減。おれが割り振った分は、データを通して再確認をしてもらってはいたが、かつてどの分類にあった本なのか、どんな場面で分類を悩み、どんな基準で決定したかという蓄積は、おれの中にしか残っていない。

ノウハウはどこへ消えた?

NDC9版では、ソフトウェアに関する本が「007.6」という分類の中に押し込まれている。しかし今や、この分類に割り振られる本はあまりにも多い。工学部の図書館ともなれば、書架が何連も「007.6」だけで埋まってしまう。

そこで、委託で働いていた図書館では、007.6だけ独自分類で配架していた。プログラミング言語やOS、ソフト名などで分けられたその分類はきちんと体系化されていた。しかしつくられたのは、Window XPが最新だった頃。

おそらく項目は、当時の学生アルバイトが教授のアドバイスをもらいながら立て、それを嘱託の司書が体系化したのだと思われる。しかしそのノウハウを聞こうにも、アルバイトも嘱託司書も、今はどうしているのかまったくわからない。なにせおれが退職したときには、三年半しかいなかった自分が、直属の職員も含めて、フルタイムで働く図書館員の最古参だったのだから。

この場合は委託では無いが、非正規の司書に業務をお願いするというのは、広い意味ではアウトソーシングだろう。司書の専門性を持つ正規職員がいないから、契約職員や嘱託職員として、資格持ちの「ノラ司書」を雇う。その人が任期満了で旅立つとき、残された図書館が失うものは大きそうだ。

フィードバックの義務はあるか

とはいえ、業務を引き受ける側が、ノウハウをフィードバックする義務はあるのだろうか。それとも、フィードバックするところまで責任を負うのがアウトソーシングなのだろうか。でもまあ、外部委託をして、「その人がいなくなってしまったらわかる人が他にはいない」という状態になってしまうのはまずいよね。