醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔日記〕あんまりきれいだったから

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  • 山を観る
  • けふいちにちは
  • 笠をかぶらず
  • 山頭火

いよ/\深耶馬渓を下る日である、もちろん行乞なんかはしない、悠然として山を観るのである、お天気もよい、気分もよい、七時半出立、草鞋の工合もよい、巻煙草をふかしながら、ゆつたりした歩調で歩む、岩扇山を右に見てツイキの洞門まで一里、こゝから道は下りとなつて深耶馬の風景が歩々に展開されるのである、――深耶馬渓はさすがによかつた、といふよりも渓谷が狭くて人家や田園のないのが私の好尚にかなつたのであらう、とにかく失望しなかつた、気持がさつさうとした、観賞記は別に『秋ところ/″\』の一部として書くつもり――三里下つて、柿坂へついたのが一時半、次の耶馬渓駅へ出て汽車に乗る、一路昧々居へ、一年ぶりの対面、いつもかはらない温情、よく飲んでよく話した、極楽気分で寝てしまつた。……

種田山頭火 行乞記 (一)


神無月八日、晴れ。

一人暮らしを始めてからというもの、酒場は帰る場所になっていたんだと思う。学生の頃は月に一回だけ贅沢をして、路地裏の小料理屋でお銚子を傾けていた。品書きはなく、その季節の旨いものをちょいちょいと見繕ってくれる。この時期なら一人用の小鍋でつみれ汁だろうか。

気さくでボーイッシュなママさん、強面で昔はホテルの板前だったという大将、にこにこして暇なときは隣で一緒にお酒を呑んでいる大お母さん。21時には早々と閉店だ。店じまいのとき、他のお客さんがいなければ、自宅と通じるふすまを開ける。飼い猫が三匹出てきて、カウンターにちょこんと座る。おれが猫好きだから、あえて早めに猫たちを呼んできてくれるのだ。

都会の夜。あの蔦まみれの引き戸を開ければ、いつもそこには同じ笑顔がある。それを知っているのが救いだった。


8時前に起きる。まだ日は低い。秋の朝日はのんびりと昇る。

昼にジロウがお客さんからいただいた、経木に包まれた高級そうな納豆をいただく。香り高く、よく糸をひく。汁はじゃがいもとタマネギ。

原マスミのライブを予約する。


一週間以上前に依頼を頂戴したのだけれど、既読スルー状態にしてしまっていた原稿を慌てて書き始める。寝ぼけた状態でメッセンジャーを開いたのだろうか、おそろしや……。反省してしばし落ち込む。

ジロウがわりと早起きだったので一緒に散歩に出掛ける。材木座海岸の入り口で、奥さまが一人魂の抜けたように立ち尽くしている。その奥さまがすれ違うとき、「観光でいらっしゃったの?」と訊く。とっさに「いいえ」と答えると、「あ、そうなの。あんまり富士山がきれいだったから教えてあげたくて。ごめんなさいね」と言って去って行った。

果たして、今日の富士山もとても綺麗だった。光明寺までぷらぷら歩いて、戻って来て材木座テラスのPOSTに立ち寄る。ホットコーヒーと3種ハーブのグリーンサラダ、チリチーズポテト。

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一度家に帰って、渋谷のイベントに行くジロウを見送る。小説を書く。「白濁」は最終回。これから再構成の時間に入る。


日記を書く。


満足してヒグラシへ。今日は聖子ねえさん。お客さんに「あっ、女優さんだ!」と言われる。元だけど、ちょっとうれしい。

ヒグラシは今日から一ノ蔵を出すんだそうだ。550円。この界隈ではちょっと高め。大事に一合をちびちびとやって、マグロ中落ち、クラムチャウダーをいただいて、満足して帰る。