醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

絶望

お隣のマンションからカレーの匂いがする、夕暮。(そんなシチュエーションが、行定勲監督の「贅沢な骨」にもあった。)無性にカレーが食べたくなった。

睡眠時間三時間。あまりに眠くてやる気がでないので、自分でつくらずに喫茶店へ食べに行く。学生街であっても、学生には入りづらい喫茶店がある。薄暗い、クラシックな店内。神経が尖っているときは、そんな店がいい。同世代の明るい騒ぎ声を聞いていると、目の前が真暗になるから。

お昼の時間だというのに(そしてランチタイムサービスをしているというのに)、今日も店内に学生の姿はない。主婦らしき三人組と、どこかの企業の人たち三人組。神経が波立っているので、持ってきた原稿用紙にも、本にも集中できない。まるで学生のようにはしゃぎながら食事をする企業の人たちの声が耳を突き刺す。その会話の中に、ふと母校の名前がのぼった気がした。「次の取材はどこ?」「○○高校にはこの前行ったしねぇ」気のせいだろうか。やはりちょっと、おかしくなっているのだろうか。

排卵の時期は、気が触れる。徹底的に落ち込んだり、泣き叫びたくなったり、ひたすら怒り続けたり。そんなときに恋人が忙しかったりすると大変。救いを求めてメールを打ち、返事が返って来ないことや、返ってきてもそっけない返答であったりすることに絶望する。授業中にまで目を潤ませて、先生を動揺させたりする。

もう終りか、もう駄目だ。そう思ったときにいつも決まって恋人から電話がかかってくる。絶望の淵の、一歩手前で。なんてタイミング。

そうして今夜も、絶望の一人芝居は終わる。振り返ると、何をそんなに落ち込んでいたのかと疑問に思うが、身体がそうさせるのなら仕方ない。月に一度の、絶望。完全に抑えるのは不可能でも、身体のせいだとわかっていれば、少し安心する。

そんな日は傍にいてくれたらいいのに。甘えることはやはり自分勝手な行為なのだろうか。