読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

金木犀

恋人はいてもいつも淋しかった。

彼がテレビを見ている背中をずっと見ていた。

特に話をするわけでもなく、私のつくった料理を食べる。「美味しい?」と訊けば感想を言ってくれるけれど、自分から言うことは殆どない。冷めてゆく湯気。虚ろにテレビ画面を追う眼。発泡酒を三本くらい空けてから、思い出したように私を抱いた。

いっそのこと、躰だけだとはっきり言ってくれたらいいのに。そうしたらあなたも私も、なんの気兼ねもなく他の相手と肉欲を慰められるじゃない。

私から好きになった。追いかけ回して、わかり易く誘って、そんなふうになった。その眼は何処を見ているのだろう。私のなかを覗き込むような振りをして、私を突き抜けて他の誰かを見ているような気がしてならない。

そんなふうでも抱かれれば嬉しかった。快楽に歪む顔を見ていたかった。

金木犀の花が散る。

部屋には散らかった空き缶と汚れた皿、乱れて湿気たシーツと澱んだ空気。それ以外、彼は何も残していかない。

窓も戸も、全部開け放つ。風にのって甘い香が流れ込んでくる。ゴミを纏めて、皿を洗いながら、私は終わりにするタイミングを図りかねている自分に苛立つ。

そのくせ、もう二度と会うことはないと考えると、どうしてだか頬が濡れてしまうのだ。