醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

小説は何のために、誰のために書くもの? ~ BIG MAGIC「夢中になる」ことからはじめよう。

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本書はアーティスト、その中でも特に小説家を志す人を勇気づける本だ。
もっとも著者本人は、読者のためではなく「自分自身のために書いた」と本書の中で強調している(これは後に出てくるけど重要なポイントでもある)。




著者、エリザベス・ギルバートとは

エリザベス・ギルバートは、アメリカの小説家である。
代表作『食べて、祈って、恋をして』は、1200万部という大ベストセラーを記録した。
同作品は映画化され、ジュリア・ロバーツが主演を務めた。

著者はTEDに2回登壇している。こちらの再生回数は、なんと1600万回に上るという。

www.ted.com

www.ted.com

「アイデア」は生命体である……!

さて、その著者が語る「BIG MAGIC」とは何だろう?
それは「地球にはアイデアも棲んでいる」ということにまつわる様々な奇跡のこと、と私は理解した。

地球上には、動物や植物、バクテリア、そしてウイルスなどが 棲息しています。しかし、それだけではありません。地球にはアイデアも棲んでいるのです。アイデアは、肉体のない、エネルギーを持つ生命体だと考えられます。 私たち人間からは完全に切り離された存在だけれど、やり取りすることはできます。*1

この「アイデア」は、本書の中で「インスピレーション」や「創造性」と言い換えられることもある(「創造性」は、人とインスピレーションの間に存在する結びつきであるとも表現される)。本稿ではシンプルに「アイデア」で統一してみる。

エネルギーを持つ生命体「アイデア」には切望していることがある。それは、誰かによって自分を形(作品)にしてもらうことだ。

そしてアイデアは、ある日唐突に誰かの元にやってくる。普通は、アイデアがやってきても他のことをしていて気がつかない。もしくは、気がついても「そんなの自分の手には負えない」とお断りしてしまう。

しかし、アイデアと戯れることを決意したとき、創造は始まる。
まるで禁じられた恋のように、熱烈に。

その感覚はよくわかる。
私のもとにやってきたアイデアは「身体変工」だった。ピアスや刺青、髪を染めることなど、身体を通過儀礼のように改造していく心の揺れを様を小説に書いてみたいと、学生時代に考えていた。

でも、考えているうちに、それは別の作家の手によって作品になり、芥川賞まで受賞していた。




小説には「オリジナリティ」も「立派な意義」も必要ない

えー、悔しい。それはおれが書こうと思っていたアイデアだったのに!
でも、エリザベス・ギルバートはこんなふうに言うのだ。

ほとんどすべての創作上の試みは、すでに誰かによって手がつけられています。でも、 あなたの手ではありません。*2

芸術に必要無いのは、「オリジナリティ」と「立派な意義」。

ええっ、「意義」も必要無いの?

たとえば、人びとの役に立つような本が書きたいと誰かが言うのを聞くたびに、私はこう思います。「 お願いだからやめて」。私を助けようだなんて思わないで。人びとの役に立ちたいというあなたの優しい気持ちはわかるけれど、それだけが創造の動機だと困ってしまいます。*3

自分の楽しみのためだけに小説を書くことを始めたけれど、大人になってそれを「職業にしたい」と思うようになったとき、「誰かを勇気づけられるような小説を書かなきゃ」という義務感にとらわれるようになっていた。私はギルバートの言葉に、ぼかんと頭を殴られたように感じた。なんだ、そんなことは余計なお世話だったのか。




出来も評価も気にしない。そして不満は言わないこと

誰かのためになんて書かなくていい。ただ自分が、アイデアと情事にふけるために書けばいいのだ。それが傑作であるかどうかも関係ない。下手くそでも最後まで書き上げればいい。他人からの評価は自分には何の関係もない。どんなに素晴らしい出来であったとしても、必ず酷評をする人は現れるのだから。

そして、自分が評価されないからといって不満は言わないこと。

不満を言うとインスピレーションが逃げていきます。創造表現がいかに難しく、疲れるものであるか、 というあなたの不満を聞くたびに、インスピレーションは気を悪くしてあなたから一歩離れてしまいます。「悪かった! そんなに足手まといになっていたなんて知らなかった。ほかのアーティストをあたってみるとするよ」。降参ポーズでこう言っているインスピレーションの姿が目に 浮かぶようです。*4

もしアイデアが近くに見当たらなくなってしまったら? それでも私たちは淡々と手を動かし続ける。ここにいることをアイデアに知ってもらうために。




アイデアとセクシーに戯れる

アイデアを引き寄せるためのとっておきの方法が紹介されていた。それは、アイデアに対して「セクシー」に振る舞うことだ。

少しは見られる服に着替え、歯を磨き、顔を洗います。そして、いつもは絶対につけない口紅を塗ります。机の上を片づけ、窓を全開にし、ときにはアロマキャンドルに火をつけさえします。さらにはなんと、この私が香水までつけます。ディナーの約束があるときでさえつけないというのに。 でも、創造性をおびき寄せて手元に戻すためには香りは必須です(ココ・シャネルも言っています。「香りをまとわない女に未来はない」)。*5

神秘なるアイデアが、天照大御神のように岩屋に隠れてしまったときには、愉しそうでセクシーに振る舞うのがいいみたいだ……。

これからあなたの創造性が相手にするのは、とっくに飽きている長年のつまらない結婚生活(つまり、 無味乾燥で退屈な仕事)ではありません。あなたは、付き合いはじめの情熱的な恋人です。吹き抜け階段の上で15分しか会えないとしても、相手とのデートに駆けつけ、階段の片隅で、あなたの芸術を貪るのです!(15分あればかなりいろんなことができる の。こそこそとデートするのが 得意な10代の男の子や女の子たちに聞けばわかります) *6

そうしたことすべてを負担だと思ってはいけません。セクシーだと思えばよいのです。*7

アーティストは「それで飯を食っていないとプロではない」と言われることもあるが、そんなことは言いたい人に言わせておけばいい。アイデアに生活費を稼ぐなんていう重荷を負わせないこと。




あなたは必ず失敗する

そして夢半ばで、あなたは必ず失敗をする。
「ほら見てみろよ」という周りからの嘲笑に包まれる。

 どの自己啓発本にもかならず載っている、こんな有名な問いがあります。「失敗しない とわかっていたら、あなたはどんなことをしてみたいですか?」。
 私はこれ、ちょっと 違うと思います。いちばん核心をつく問いは、むしろこうではないでしょうか。
「失敗する可能性が高いとしても、やりたいことは何ですか?」*8

失敗ですら創作的人生には恩恵なのかもしれない。
ギルバートは、オーストラリアの作家・詩人・評論家のクライヴ・ジェームズの経験を例に引いている。彼はある作品の大失敗により破産に追い込まれていた。

大失敗をしてしまったら、どうしたらいいだろうか。
「とにかくほかのことを、それも一所懸命にやってみる」ことをギルバートは進めている。ジェームズが絶望の日々の中で、子どもたちの自転車を美しくデコレーションし続けたように。

彼はゆっくりと理解していきました。「失敗には役割がある。失敗することによって、自分はいったい創作活動を続けたいのかやめたいのか、はっきりと理解することができる」。*9

さあ、私も、好きなように、ただ自分が楽しむためだけに書き続けよう。
自分の中に棲む恐れをなだめつつも、創造性と情事にふけるのだ。

良き本と出逢いました。

*1:エリザベス・ギルバート. BIG MAGIC 「夢中になる」ことからはじめよう。 (Kindle の位置No.462-465). 株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン. Kindle 版.

*2:同上、Kindle の位置No.1271-1272

*3:同上、Kindle の位置No.1293-1295

*4:同上、Kindle の位置No.1561-1565

*5:同上、Kindle の位置No.2138-2143

*6:同上、Kindle の位置No.2103-2107

*7:同上、Kindle の位置No.2113-2114

*8:同上、Kindle の位置No.3394-3397

*9:同上、Kindle の位置No.3367-3369