醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

本を出すということ

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  • 曇り日の
  • 重いもの
  • 牽きなやむ
  • 山頭火

 一月十二日 曇、陰欝そのものといつたやうな天候だ。
外は雪、内は酒――憂欝を消すものは、いや、融かすものは何か、酒、入浴、談笑、散歩、等、等、私にあつては。

種田山頭火 行乞記 三八九日記

「小説家の卵の」
「小説家を目指している」
「小説家になるという夢を待つ」

という、紹介の枕詞。どれも違うぜ、勘弁してくれよ、と思う。どうやら世間的には、大手出版社から単著を出している者だけが小説家、らしい。

他人の評価は他人のものである。他人から「小説家」と呼ばれたいが為に小説を書いてるわけじゃない。

ああ、でも、そうだね。おれの書くものを欲する人に届くように、全国どの書店でも、紙の本として買える物を出すというのは、おれに課せれた責務なのかもしれない。

〔日記〕 故郷は遠く、遠い。ただ草津を歩くことにする。

 一月十一日 曇つて晴れる、雪の後のなごやかさ。
あんまり寒いから一杯ひつかける、流行感冒にでもかゝつてはつまらないから、といふのはやつぱり嘘だ、酒好きは何のかのといつては飲む、まあ、飲める間に飲んでおくがよからう、飲みたくても飲めない時節があるし、飲めても飲めない時節がある。……

種田山頭火 行乞記 三八九日記

草津から帰ってきたら、ぐったりとしている。一瞬通り過ぎた故郷には何故だか懐かしさの欠片も感じない。そこはただ、昔からの友人たちが住んでいるだけの街になった。遥か遠い、どこか遠い街にやってきたようだ。

草津の「子供お断り」の頑固そうな居酒屋では、地元のおにいさんが遅くに暖簾をくぐって「今日はマグロ、ある?」と聞いていた。少し凍ったマグロがご馳走であった故郷。なぜ大人はあんなものを有難がって食べるんだろう。不思議で仕方なかった。シャーベットのようなマグロのブツ、味のしないイカ刺し。味噌がベースのぼやけた味の煮込み料理。そうだ、おれはそんな郷土の食い物が好きではなかった。食べることのが嫌いな子供に育っていた。食事をするくらいなら、本を読んでいたかった。

草津はたぶん初めてではないはずなのだが、いつ来たのかは覚えていない。「熱帯園へイグアナを見に行く」と言ったら、連れが誰もついてこなかったので、仕方なく独りで湯けむりのたつ街をぶらぶらと歩く。

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