醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

独りを慎まねば ~ 向田邦子 「男どき女どき」

向田さんが残した最後の小説と、エッセイをまじえた一冊。特にエッセイに、心に残るものが多い。例えば「独りを慎む」。

 自由は、いいものです。
 ひとりで暮らすのは、すばらしいものです。
 でも、とても恐ろしい、目に見えない落とし穴がポッカリと口をあけています。
 それは、行儀の悪さと自堕落です。*1

男どき女どき (新潮文庫)

男どき女どき (新潮文庫)

自堕落という言葉は案外好きである。退廃的、デカダン、おおいによろし。だけれど身をもって実践するのはいかがなものか。向田さんが自分自身に言い聞かせた「独りを慎む」という言葉を、私も唱えなくてはと思う。

愛猫マミオ伯爵について書かれた「伯爵のお気に入り」は、いやになまめかしい。マシャハイ・マミオの気品がひしひしと伝わってくる。

「壊れたと壊したは違う」を読んで自分の浅ましさを思い返す。つい「壊れた」と言って弁解してしまうのだけれど、ひとりでに壊れる物なんてそうめったになく、ほとんどは自分で「壊した」もの。

「無口な手紙」は、こんなドキリとさせる文章で閉められる。

 手紙にいい手紙、悪い手紙、はないのである。どんなみっともない悪筆悪文の手紙でも、書かないよりはいい。書かなくてはいけない時に書かないのは、目に見えない大きな借金を作っているのと同じなのである。*2

『男どき女どき』の「独りを慎む」を教訓にしなさいと、書いてきた母の手紙にまだ返事を出していない。出さねば、出さねばと思う気持ちは、借金の重荷と通じるものなのだ。

*1:向田邦子 「独りを慎む」 『男どき女どき』 新潮文庫 2003.10 p.119

*2:向田邦子 「無口な手紙」 『男どき女どき』 新潮文庫 2003.10 p.177-178