醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

月で発見された宇宙飛行士の死体は、五万年前のものだった……?〔書評〕『星を継ぐもの』

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舞台はちょっと先の未来。主人公のヴィクター・ハントは、物理分野を専門とする研究者だ。大手企業の一下部機構で、組織に縛られず自由に研究できるポジションを任されている。30代独身、たぶん彼女は今はいない。生まれはみすぼらしい町で、両親はストライキと酒とギャンブルに溺れるしがない労働者。ハントはコンピュータを作る会社に勤めていた叔父の影響で、奨学金を得て大学に行き、博士となった。仕事は充実しているし、自由な立場だ。特に不満はない毎日だけれど、少しばかりの物足りなさも感じていた。




国連宇宙軍が莫大な費用を掛けて調べたかったものは……

ハントの現在の研究は、トライマグニスコープという、すごーくざっくり言ってしまうと超高性能の顕微鏡(?)の開発だ。ある日、親会社であるIDCCの社長から突然命令を受け、ロンドンからアメリカのポートランドにある本社へ駆けつけることとなった。お得意先の国連宇宙軍UNSAから、極秘の依頼を受けていたのだ。依頼の内容は、社長もほとんどわからない。ただ、トライマグニスコープの開発者を直接寄越して欲しいという。

訳のわからぬ依頼を受けて、国連宇宙軍のナゴウム航行通信局本部長、グレッグ・コールドウェルと面会をした。国連宇宙軍がトライマグニスコープを使って、莫大な資金を注いででも調べたい物がようやく明かされるのだ。

それは、月面で発見された宇宙飛行士の死体だった。ただの死体であればそんな騒ぎにはならない。コールドウェル本部長は、ハント博士に次のように説明をした。

「これがその死体です。そちらからお尋ねがある前に、当然予想されるいくつかの質問にお答えしておきましょう。第一に……答はノウです。死体の身元は不明です。それで、わたしらは仮にこの人物をチャーリーと呼ぶことにしています。第二に……これも答はノウです。何がこの男を死に追いやったか、はっきりしたことは何も言えません。第三に……これもノウ。この男がどこからやって来たのか、わたしたちにはわかっていません」*1

「何者であるかはともかく……チャーリーは五万年以上前に死んでいるのです*2



5万年前に死んだ宇宙飛行士は宇宙人なのか?

チャーリーの来ていた真紅の宇宙服から、彼が高度な科学文明の中に身を置いていたことが推測される。彼はどこか遠い惑星から五万年前に月にやって来た異星人なのだろうか? それにしては、チャーリーの体のつくりは、地球人と何一つ異なることはなかった。

トライマグニスコープの一開発者に過ぎなかったハントは、調査を重ねるうちにその謎にどっぷりとはまりこんでいく。生物学研究所のクリスチャン・ダンチェッカー教授は、チャーリーが異星人であることを真っ向から否定した。彼に言わせれば、遠い星の生物が、地球人とまったく同じような体の進化を遂げるのはありえないことなのだ。

一癖も二癖もある研究者たちの意見に耳を傾け、それらをハントがパズルのように繋げていくのがこのSF小説の魅力だ。この『星を継ぐもの』が、作者ジェイムズ・P・ホーガンの初めての長編作品となった。そのせいか、冒頭部分の描写はまだるっこしさを感じてしまう。特に、ハントの相棒であったロブ・グレイ実験工学部長が、飛行機の中で自動操縦の空飛ぶレンタカーを予約するシーンだとか……。でも、その辺を我慢して読み進めていくと、あるところからグッと引き込まれるのを感じるだろう。謎が謎を呼び、ひとつ謎が解けるたびにさらに謎が増えていく。




ただのSFでしょ? と思っていると衝撃を受けるラスト

『星を継ぐもの』には、『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』『内なる宇宙』と続編がある。『星を継ぐもの』だけでも楽しめるが、最後まで読み進めれば、どうしたって次を読まずにはいられない伏線が引いてある。それに、続編に進むごとに、登場人物たちのキャラクターが色濃く描かれていき親近感が湧く。最初は嫌なヤツだったダンチェッカー博士が、なんか憎めないやつに感じられてきたりだとか……。

『巨人たちの星』まで来ると、善と悪との戦いみたいな、エンタテインメントっぽさが強くなってくる。私は多少まどろっこしくても一作目の『星を継ぐもの』が好きだ。

「しょせんはSF小説でしょ? フィクションでしょ」と思って読んでいると、最後に衝撃がやってくるのだ。うっわ、ただの物語の設定だと思っていたのに、もしかして自分もその世界に組み込まれているんじゃないの? と思わせてくれる。

SFはあまり読んだことなかったのだけれど、これをきっかけにはまってしまいそうな気がしている。まだ『内なる宇宙』は読んでいないのだけれど、『ガニメデの優しい巨人』と『巨人たちの星』は、うっかり徹夜して読んでしまった。『内なる宇宙』は上下巻だから、二徹してしまわないか心配だ……。

*1:ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(創元SF文庫)東京創元社、2012.03、p.46、太字筆者

*2:同上、p.48、太字筆者