醒メテ猶ヲ彷徨フ海|野原海明のWeb文芸誌

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

お互い「安定した仕事を辞める」ところから始まった新婚生活

 一月三日 うらゝか、幸福を感じる日、生きてゐるよろこび、死なゝいよろこび。
当座の感想を書きつけておく。――
恩は着なければならないが、恩に着せてはならない、恩を着せられてはやりきれない。
親しまれるのはうれしいが、憐れまれてはみじめだ。

種田山頭火 行乞記 三八九日記

「お正月休みはいつまで?」
と聞かれると困る。自由業について説明するのはけっこう難しい。
「あ、えーっと、今日も仕事のような? 仕事でないような? というか、毎日が仕事で毎日が休みかも……」
と曖昧に答えて、不可解な顔をされる。
「それで、職場の人は何人? どこまで通ってるの? 通勤大変でしょう」
あ、いや、プロジェクトごとに人数変わるからなんとも言えないし、どこでも仕事できるから通勤とかないんですよ……なんて説明しなくてもいいか、世間話だもんな、と途中で面倒くさくなって、「六人くらいですー、横浜まで通ってますー」とにこやかに答える。
「それで、お休みいつまでなんだっけ」
「三日までですー(やけくそ)」

そういえば、受注している仕事が多くなってきて図書館のパートタイムの仕事をやめた時も、非常に説明が難しかった。
「よっかたわねえ、今度のお仕事は週5日働けるんでしょ? 保険とかももちろん入れるのよねえ。辞めちゃうのは残念だけど、若いからやっぱり安定した働き方がいいわよね」
ご、ごめんなさい、その真逆の道を選びました。実は週5日フルタイム、保険も月給もある仕事から抜けだして、ライターやりながら最低限の生活費をなんとかするために、パートタイムで働いてました。そしてついに、独立なんです。
「あら、よくご主人が許してくれたわね。理解のある方なのね」
「旦那さんがお勤めされてるなら安心ね」
いや、主人も呑み屋修行の身で、バイトでして(当時)、とは、とても言えなかった。無謀な若い(いや、ダンナは対して若くないが)夫婦であった。

銀行口座に一万円以上入っているなんて非常に稀で、洗濯機が壊れたときも、単身用の一番安い洗濯機を買うのでさえ借金して、四畳半ホークみたいな生活をしてた。すさんだりやつれたり焦ったりいろいろしたけれど、わりと楽しかった。お互い「嫌になったら仕事を辞めていい」という価値観だったけど、それまでの収入を断ち切るのはなんとも恐ろしい。自分自身が辞めるのも恐ろしいが、相手が辞めると言うのも、応援したい気持ちはあってもやっぱり恐ろしい。二人して「安定した勤め仕事を辞める」ところから始まった結婚生活はいつでもスリル満点だ。

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撮影:大町ジロウ

でも、元旦からおれがいそいそと文章を書いていて、ジロウ(ダンナ)が友人の店でうたた寝しながらグラスを洗う音を聞いて自分もそっち側(カウンターの中)に立ちたいなぁ、なんて幸せな気持ちで思っているところを見ると、やっぱりこれでよかったのだろうと思う。

ジロウは買い出しに出掛けて行った。大船のジロウの飲み屋「黄昏エレジー」、新年の営業は今日から。さて、おれももうすぐ〆切の原稿をなんとかしよう。「仕事」って、「嫌なこと、やらされてること」の代名詞だと思ってたけど、そうじゃないんだね。

あけましておめでとうございます。今年も脳天気なフーフですが、どうぞよろしくお願いいたします。

「編集者になれ」ってそう簡単に言うけどさ

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  • 酔へばけふも
  • あんたの事
  • 山頭火

2015年最後の入日

 一月二日 曇后晴、風、人、――お正月らしい場景となつた。
暁、火事があつた、裏の窓からよく見えた、私は善い意味での、我不関焉で、火事といふものを鑑賞した(罹災者に対してはほんたうにすまないと思ひながらも)。

種田山頭火 行乞記 三八九日記

紙媒体の雑誌に書くお仕事をいただくようになってから、編集者と会うことが増えた。編集者にもいろいろなタイプがあるのだな、と思う。赤が入って帰って来た原稿を見て、ほほう、なるほどと思う。

生まれて始めて書いてお金をもらった原稿は、案を提供しただけ? というくらい赤が入って掲載されていて、ちっとも自分で書いたものに思えなかった。赤で自分を否定されたような気がしたのだ。おれには売れる文章なんて書けないのかもしれない、と落ち込んだ。でも、一度そうやって落ち込めば、(多少は)謙虚になれていいのかもしれない。

物書きになって食っていこうと思う、と話したら、「じゃあ出版社に就職して編集者になればいいじゃない」と何人かに言われた。実際に就職先を斡旋してくれた人までいた。でもさ、他の作家に原稿を依頼するなんて、おれのプライドがずたぼろになりそうじゃない? そしておれは、とても読書量じゃかなわない。偏読だし。編集者と話をすると、その知識量におれはいつもたじろいでしまう。あれだ、おれはもっと勉強しないといけないのだな。

冬休みの宿題みたいに、年明け〆切の仕事をいくつかいただいた。大晦日も元旦も、仕事の文章を書き続けているわけだが、全然嫌にならない、むしろ、書きたくてしょうがない。やっぱりおれは向いているんだろうか。

「っていうか海明ちゃん、小説を早く書きなさいよ」

と会う人会う人に言われるが……。そうだね、おれは稼ぐことにかまけて、本来の目的をおざなりにしているね。小説を書くために就職をしなかったっていうのにさ。ライター業をやっていて結構楽しいから、これでいいのかなとも思ったりしたが、小説家へインタビューさせてもらたっりすると悔しい気持ちがフツフツと沸いてくるから、おれはやっぱり書いたほうがいいんだろう。