巣食う鬼 ~ 夢枕獏 「陰陽師 生成り姫」
「陰陽師―付喪神ノ巻 (文春文庫)」に収録されている短篇のひとつを長編化したもの。*1
「博雅よ。これは、五徳の姫だけではない。人は誰でも、時に、鬼になりたいと願うことがあるのだよ。誰でも皆、心には鬼を棲まわせているのだ」
「すると、清明よ、鬼はおれの心の中にも棲むというのか」
「うむ」
「おまえの心の中にも棲むというのか」
「ああ、棲む」*2
- 作者: 夢枕獏
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2003/07
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誰でも心に鬼を抱えて生きている。それなのに世間は、凶悪な犯罪を犯した者を、まるで生まれながらの悪者のように仕立てあげて批難する。自分自身さえ、殺人鬼に化す可能性を秘めているというのに。
嫉妬の末、鬼に化する自身をとめられなかった姫。誰が彼女を責められよう。
「こんなに、わたくしは歳をとりました……」
「歳をとられたそなたが愛しいのだよ」
「皺が増えました」
「増えたそなたの皺が愛しいのだよ」
「腕にも、腹にも、顎の下にも肉が付きました」
「付いたそなたの肉が愛しいのだよ」
「このような姿になってしまっても?」
「はい」
「このような貌になってしまっても?」
「はい」
「このような鬼になってしまっても?」
「はい」*3
花の盛りを過ぎた徳子を捨て置き、歳若い綾子に心変わりした済時。彼より先に博雅の方が徳子に思いを告げていたら、彼女は鬼にならずとも済んだのかも知れない。
枯れぬ偽花よりも、散る花の美しさ。