〔日記〕 渋谷
- 雪空、
- 痒いところを
- 掻く
- 山頭火
一月十四日 曇、降りさうで降らない雪模様。しかし、とにかく、炬燵があつて粕汁があつて、そして――。
種田山頭火 行乞記 三八九日記
東京の林君から来信、すぐ返信を書く、お互に年をとりましたね、でもまだ色気がありますね、日暮れて途遠し、そして、さうだ、そしてまだよぼ/\してゐますね。……
渋谷は、何度訪れても道に迷う。入り組んだ谷と、放射状の道がよくない。
しかし年々迷宮らしさを増していく渋谷駅で、岡本太郎の絵に出逢うと、はっとする。急ぐ人々は顔も上げずに通りすぎていくが、おれはどうしても立ち止まってしまう。
ちょうど十年前になる。初めて母と渋谷で落ち合わせることになった。
「どうしてもハチ公が見たい」
と母は言う。目的地とはだいぶ違う場所だが、仕方なくハチ公前で待ち合わせる。人混みの中で、独特な装いの母はやたらと目立った。
「意外と小さいね! そんで、この辺は汚いね!」
と、母は、ハチ公の背中を撫でる。