〔日記〕スペシャルサプライズを残して
- 寝るには早すぎる
- かすかに
- かなかな
- 山頭火
入浴、身心のび/\とする。
種田山頭火 行乞記 大田
夕立が沛然とやつてきた、よい雨だつた、よろこんだのは草木ばかりぢやない、虫も人もよろこんだ。
水無月六日、晴れ。
5時台に目が覚める。
34才になった。
全34回の誕生日で、いちばん激動の一日になりそうな気がしている。
8時半頃、実家で義母さんの亡骸と一緒に泊まっているジロウを電話で起こす。
結婚して戸籍上はジロウの家に入ったが、戸籍の姓を名乗ることは滅多に無いし、親戚にもほとんど会っていない。
というより、親戚一同はジロウが再婚したことを知っているのだろうか?
家にも土地にも血縁にも興味のないおれは、「○○家の嫁」にはなれない。
「あの人、何者?」と思われながら、ただジロウが母親を送るのを傍で支えていればいい。
大量の洗濯をして掃除をする。
冷蔵庫の下から大きいミミズくらいのサイズのムカデがわらわらと這い出て来た。
クイックルワイパーで捕らえてギリギリと圧死させようとしたが、頑丈なムカデはそれくらいではへこたれない。
ホウキにお乗りいただいて、窓からお帰りいただいた。
しかし、一体どこから入ってくるのだろうか。恐ろしや。
ジロウの着替えを持って久里浜へ向かう。
ジロウの子どもたちが到着していた。
おれはほぼ初対面、ジロウは約7年ぶりの再会だ。
おお、ジロウが父親らしくしている、でも子どもたちの方がだいぶしっかりしてる。
何を話せばいいのか、何を話しても怒られそうだな。
親しく接せられるのは嫌だろうし、丁寧に接するのも変な気がする。
打合せに来た葬儀屋さんは、関係性が全然わからなくて困っただろう。
子どもたちと一緒に、祭壇や骨壺や遺影のタイプを決める。
おれの母親が死んだときは、一人っ子の実の娘なのにそういう打合せは蚊帳の外だったと思い出す。
祖母の葬儀にちゃんと関われる彼らをちょっと羨ましく思いながら見ていた。
家という縛りに対する恨み。
それはいつかきっと、小説に書くのだと思う。
ちょうど久里浜のお盆の時期と重なって和尚さんは忙しいらしい。
亡くなってから葬儀まで間が空いてしまうので、義母さんの体は葬儀屋さんに預かってもらうことになった。
エルグランドに載せられて、義母さんは守り続けた家を後にする。
もう二度戻らない、最期の外出だ。
ハザードを点滅させて去っていく車をみんなで見送った。
義母さんは、誕生日に子どもたちと会わせるというスペシャルサプライズを残して逝った。
テーブルを疑似家族みたいに囲んだ。
かつての家族が囲んでいた、まさにその食卓で。
子どもたちと歳の近いおれは、後妻というより隠し子の兄弟みたいだ。
会えただけで、それは奇跡みたいなことだと思っている。
いつか何でもなく普通に話せるようになる日が来るようにと思うのは、彼らから父親を奪っていったおれには贅沢な願いかもしれない。
でもやっぱり、願ってしまうんだな。
一通り片付けを終えて、ジロウに誕生日を祝ってもらう。
京急で横須賀中央に出て、銀次で日本酒、アジ刺身、串カツ、アジフライ。
鎌倉に戻ってきて、ちょっと贅沢してよしろうで冷酒、牛蒡となまりの山椒煮、水茄子。
釈迦でも日本酒。トッペイちゃんにばったり会って、先日の個展の感想が言えてよかった。
家に帰って、届いていたスペースパンを開封する。
注文が殺到していたらしく配送がだいぶ遅れていたけれど、ちょうど誕生日プレゼントみたいに届いたのだ。