醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

吉本ばなな 「虹」

レポートの為に「蜻蛉日記」の文献をざくざくっと読み、その合間にばななさんの小説を読んでいた。もしかすると息抜きの読み物の方が多かったかもしれない。

ばななさんとの出逢いは中学の図書室。「うたかた / サンクチュアリ」「アムリタ」「キッチン」。素朴な装丁と、カタカナなのに深みのあるタイトルに惹かれて、何度も何度も手に取った。

うたかた/サンクチュアリ (角川文庫)

うたかた/サンクチュアリ (角川文庫)

アムリタ〈上〉 (新潮文庫)

アムリタ〈上〉 (新潮文庫)

アムリタ〈下〉 (新潮文庫)

アムリタ〈下〉 (新潮文庫)

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)

「虹」を読んだのは高校の頃だった。なんだか嫌にどろどろした小説だなぁという、手触りだけを覚えいて、ストーリーはすっかり忘れていた。ただぼんやり思い出せたのは、南国の青い海という舞台と、主人公がちょっと変わったレストランで働いていたということだけ。

たぶん私はこの本を読んで、飲食店で働くことに興味を持ったのではないかと思う。実際に料理屋さんで仕事をしている今、読み返してみたら感慨深いだろうと、ぽんと購入する。

再読して、どうして当時どろどろした小説だと思ったのか判った。狭いのだ。タヒチの海と、東京のレストランと、オーナーの家と。その三箇所で、主人公の思いはぐるぐる渦巻く。そこには相容れない人たちとの黒い色をしたいざこざがあったりして、色鮮やかなタヒチの風景が描写されているからこそ、人間同士の嫌な色が対比されてはっきりと見えてしまう。

そして、性描写。初心な高校生であった私にはちょっと受け入れ難いものがあったのだろう。今読めば、ひりりとして涙がでそうな、いい場面なのであるのだけれど。

小説は、読むときの自分の内面によっていくらでも変わるのだなぁと改めて思う。とくに背伸びして読んだ小説は、時間が経ってから読むとびっくりすることがある。ああ、こんな深いことが書かれていたんだ、こんな切ない思いはそういえば知っていた、とか。

人と人とのぐだぐだは、なかなかどうして避けられない。どうしたって合わない人はいるし、嫌いな人のいいところを探そうとしたってそう簡単にはできない。それでもそんな日常の中で、日々の仕事をちょっとずつでもこなしていく、そうやって100%ハッピーでなくても地味に生きていくことの美しさよ。

主人公の、接客という仕事への想いが好きだ。その仕事に焦がれている。心の底から。

休暇で訪れたタヒチで、レストランのウェイトレスが開店前のセッティングをしている。それを見て、「あれは私と同じ種類の人たち、万国共通の仲間だ、」*1と思う。そんな彼女と私も同じようでありたいと思う。それは本気でその仕事をしている人たちだけが持つ、見えない糸の繋がりなのだろう。

*1:吉本ばなな 「虹」(幻冬舎文庫) 幻冬舎 2005.4 p.42