醒メテ猶ヲ彷徨フ海

野原海明(のはら みあ)のWeb文芸誌

〔日記〕仲間

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  • 電燈から
  • 子蜘蛛がさがり
  • れいろうと明ける
  • 山頭火

やけくそで呑んだ芋焼酎が一杯多かったのだ。酒が回っていて日の出と共には起きられなかった。そうして始まった日はずるずると進みがちである。最初に躓くと、その後を続けていく気が失せるのだ。

自分の中で錯綜するいくつもの役割。ただどの場所にいても、いつも仲間には恵まれている。願うのはその仲間のうちで、力関係で押しつぶし合わないことだ。階級のある人の集まりには加わりたくない。おれは自分で、そういう仲間を新しく募っていかなくてはならないのかもしれない。一匹狼でいいと思っていた。けれど、一人でできることには限界があるのだ。

久しぶりにジロウと食事。勝烈庵で牡蠣フライ定食。銀行で支払を済ませた後、鶴岡八幡宮へ行く。お参りをしてお神籤を引いた。「欲を捨てれば成功する」とあった。「国語を勉強しなさい」とも。もっとも、これは前にも言われたことではあるが。

境内を散歩する。蓮はすっかり枯れてしまった。枯れた蓮を回収する職人たちが、船を漕いで池を巡っている。ふと、積み上がった仕事が心配になる。午後も三時になると薄暗い。夕方が来るのが早まっている。気がつかないうちに、秋は深まっているのだ。

けさは早かつた、そしてとてもいゝお天気だつた、文字通りの一天雲なし、澄みきつて凛とした秋だつた。
かうしてゐると、ともすれば漠然として人生を考へる、そしてそれが自分の過去にふりかへつてくると、すべてが過ぎてしまつた、みんな死んでしまつた、何もかも空の空だ、といつたやうな断見に堕在する、そしてまた、血縁のものや、友人や、いろ/\の物事の離合成敗などを考へて、ついほろりとする、今更、どんなに考へたつて何物にもならないのに――それが山頭火といふ痴人の癖だ。

種田山頭火 其中日記 (一)

御成のスタバへ。眠くて眠くてしかたない。しばし目を閉じる。ジロウは先に出て店を空けに行った。少しばかり書きものをする。

ヒグラシへ。タローさん、鎌倉最終日だ。普段は見ない顔も会いに駆けつける。常温二合、蛸ぶつ、ニシンのムース。とのやまへ移動する。「金子國義の絵のようだね」と言われる。前髪が? 眉毛が? 常温一合、牡蠣酢。牡蠣ばかり食べた一日だった。トムヤムクンのフォーと、ギンビスのアスパラのやつを買って帰る。