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人間は食べなくても生きられる!? 〔書評〕秋山佳胤, 森美智代, 山田鷹夫『食べない人たち』

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ベジタリアン(菜食主義)よりもさらに進んだ、ヴィーガン(絶対菜食主義)という言葉はよく聞くようになってきた。ヴィーガンの人たちは、肉だけでなく、卵や乳製品などの動物性食品を一切摂取しない。

それでも人間は生きていけるんだーと思っていたら、なんと世の中には、食べ物を一切摂取しない「不食」(ふしょく)の人たちも存在しているのだというから驚きである。『食べない人たち』では、不食を実践している著者3名がそのコツを披露する。


一概に「不食の人」と言っても、そのパターンはさまざまだ。水さえもまったくとらない人、水だけは飲む人、少しだけ食べる人、青汁だけの人、少量の果物を摂取するだけの人などなど……。いずれにしても、現代の栄養学ではありえないような食生活をしていて、なおかつ「人は食べなくても生きられる」ということを体で実感している人たちのことを、本書の中では不食の人と呼んでいる *1

「不食」は誰にでもできるらしい……!

オーストラリア人女性のジャスムヒーン氏は、1996年以来、食物を摂取することをやめてプラーナ(大気中のエネルギーで、「気」と呼ばれるもの)だけで生きている、まさに不食の人だ。彼女は不食の人々のことをブレサリアン(呼吸主義者)と読んでいる。

ジャスムヒーン氏によれば、1996年の段階ではブレサリアンはわずか200名ほどだったが、2010年にはヨーロッパだけでその数4万人にも上るという *2

実は、不食は誰にでもできるのだと言う。本書では、不食実践者の体験談に留まらず、これから不食に挑戦したい人に向けたテクニックが具体的に紹介されているのだ

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)

こうして彼らは不食の人となった

不食を実践するための具体的なテクニックについての解説は本書にゆだねるとして、著者である3者の不食にいたるまでの体験談を抜粋して紹介したい。

不食という生き方

不食という生き方

弁護士であり、医学博士でもある秋山佳胤(あきやま よしたね)氏は、2006年1月、友人からジャスムヒーン氏のワークショップのチラシをもらった。彼女の考え方に賛同するのでも、否定するのでもなく、ただチラシに載った彼女の笑顔が素敵だったから、このワークショップに参加したのだそうだ(ちょっと不純な動機が素敵だと思う)。

このワークショップで自然と不食ができた体験から、秋山佳胤氏はまず、肉と乳製品をすべてやめる玄米菜食から取り組み始めた。さらに食べる回数と量を慎重に減らしていき、2008年には完全にプラーナだけで生きられるようになった。以来、食物も水も必要としていない。

断食の教科書 (veggy Books)

断食の教科書 (veggy Books)

森鍼灸院の院長、森美智代氏は、高校2年生の16歳のとき、養護教諭だった伯母に誘われて甲田光雄先生(西勝造が確立した西式健康法の継承者の一人。断食や少食で多くの難病患者を救った)の5泊6日の健康合宿に参加した。「断食してダイエットになればいいな」という軽い気持ちだったそうだ(そういう動機もまた素敵だと思う)。

その5年後の1984年、21歳になった森美智代氏の体に異変が起きた。ひどいめまいやふらつきが起こるようになり、歩いていると酔っ払っているかのようによく転んでしまう。これは「酩酊様歩行」という病気の症状で、なんと「脊髄小脳変性症」という小脳の疾患にかかっていた。治療方法のわかっていない難病である。

森氏はすぐに甲田先生のもとを訪ね、断食による療法を始めた。断食を何回か繰り返して、普通の食事に戻っていく過程で病気が劇的に改善していくというのが甲田療法の治癒パターンである。

しかし、森氏の場合はこの治癒パターンに当てはまらなかった。断食中は確かに体は元気で症状も消えていくが、食事を再開すると病気の状態に戻ってしまうのである。甲田先生にさえ、これは理解できない症状だった。

困り果てた末に最後の手段として、断食の期間を24日間に延ばすという長期断食に踏み切った。この長期断食を繰り返し、病が癒えたころには、森氏は自然と不食の人になっていたのだ。以来、1日青汁1杯の生活を続けている。執筆時の2014年には、この食生活になってからはや18年が経過していた。

不食実践ノート―食べずに暮らす人たちの記録

不食実践ノート―食べずに暮らす人たちの記録

不食研究所代表の山田鷹夫氏による「人は食べなくても生きることができる」ことを証明するための実験は、2001年7月から始まった。そのときはすでに50代になっていた。

なぜそんな無謀なことを始めようと思ったのかは、自分でもよくわからない。
きっかけと思われるのは、食生活を改善しようと、たまたまインターネットで玄米を粉末にした製品を取り寄せたことだったという。その食品は不食を推奨する人が作ったわけではなかったが、玄米の粉末のみを摂取しているうちに、それさえ食べなくてもよいのではと考えるようになった。

過酷な実験になると思われた不食生活は、簡単過ぎて苦笑いしてしまうほど楽しいものだったという。少食(一日一食)から始めてさらに食事を減らし、3年かけて最終的には「微食」にたどり着いた(「不食」も「微食」も山田氏の造語だ。「微食」には「美食」という意味が掛けられている。極少量しか食事をしないと、食物がよりいっそう美味しく感じるられるのだそうだ)。その後は、不食と微食の間を行ったり来たりしている。

「不食」と「断食」はまったくの別物だ

山田鷹夫氏の不食の実験が、過酷ではなく楽しいものだったと聞いて意外に思われるかもしれない。それは、「不食」と「断食」を混同してしまっているからだ。

断食の場合、一時的に食物の摂取を絶つが、その期間が過ぎれば元の食生活に戻っていく。一方で不食は、食べない生活を習慣としてずっと続けていく

断食の根本には、「人間には食べないと死んでしまう」という考えがある。そのため、何も口にしない期間は苦行のように感じられるかもしれない。

不食では、いきなり何も食べない生活を始めるわけではない。食べないことを目標にするのではなく、食べないことに体を徐々にならしていくのだ。何も食べないことがテーマでありながら、実際には食べながらそれを追求していく。それはある意味、趣味のような気楽な行為だ。

不食とは「慣れ」だと山田氏は言う *3。「人は食べなくても生きられる」という考え方で行うので、本質的に努力はいらない。最も大切なのは、「食べなくては死んでしまう」という意識を「食べなくても生きられる」という意識に転換すること、飛躍させることだという


秋山氏に言わせれば、不食とは、人間は肉体的な存在でなく、スピリット(魂)であることに気づくための練習だ *4。そこまでいくとスピリチュアルが苦手な人は拒否反応を起こしてしまうかもしれないけれど、実践している人が実在するのだから、そうなんだろう。

不食になると一日の時間が増える

食事をするのは時間がかかる。食材を買う。料理する。食べる。食休みする。使った食器を洗う……。不食になるとこの時間がまったくかからなくなる。

さらに、食物を摂取すると体はそれらを吸収するために消化・分解するするが、これはかなりのエネルギーを消耗する。不食になるとこの消化にかかるエネルギーが節約され、睡眠時間が少なくて済む。秋山氏の場合、日常生活の中で眠る時間をきっちりと決めていない。2時間くらい寝たら、よく寝たなと思うのだという *5

逆に言えば、不食にチャレンジする上で最も苦労するのは、どうやってヒマつぶしをするかだ。人間は、ヒマになると何かを食べたくなる生き物らしい。食事を採るのを忘れるほど、熱中できる何かを持っている人は、自然と不食になりやすいようだ

不食は「今」を純粋に楽しむことのできる生き方だ

不食とは「ずっと楽しんでいる状態」だと秋山氏は言う *6。食べるのも忘れて没頭している時間が永遠に続いている感じ。森氏は、24時間、いつでも幸せを感じるようになったと言う *7

不食の人には飢える心配がない。食べるためにお金を稼がなくてもいいから、明日のことをあれこれ心配するのではなく、今を楽しむこと、今を大切にすることを選択する。


本書を読みながら、母親から「ちゃんと食べなさい」と言われ続けていたことを懐かしく思い出した。けれど私は、食べることにはあまり関心がなく、寝食忘れて本ばかり読んでいた。知識という名の栄養を吸収していたのだと思う。それは、ブレサリアンがプラーナを吸収するのと、あまり変わらないことだったのかもしれない。

大人になって、酒と肴を覚えてからは、それが人生の楽しみのひとつになったので、完全な不食実践者になるのはちょっと難しいかもしれない。でも、もともと朝食抜き、夜は炭水化物抜きの生活を成人してから(酒を嗜むようになってから)ずっと続けてきた。本書を読んで、「食べなくちゃいけない」という意識がほどよく揺るいできたように感じている。

食べるのも楽しいけれど、食べなくても楽しく生きられるのだろう。

不食に至るまでの具体的なコツが、三者三様に紹介されている。そちらはぜひ、本書をじっくり読んで確認していただきたい。おすすめです。

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)

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食べない人たち ビヨンド (不食実践家3人の「その後」)

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本書で紹介されている参考文献

誰とも争わない生き方  人生にも魂にも善悪はない

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リヴィング・オン・ライト ― あなたもプラーナで生きられる

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神々の食べ物 ― 聖なる栄養とは何か

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家庭でできる断食健康法 POD版

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*1:山田鷹夫「第3章 どうすれば人は食べないで生きることができるのか」秋山佳胤, 森美智代, 山田鷹夫『食べない人たち』マキノ出版、2014.7、p.142-143

*2:秋山佳胤「おわりに~不食が創る新しい世界~」同上、p.189

*3:山田鷹夫「第3章 どうすれば人は食べないで生きることができるのか」同上、p.158

*4:秋山佳胤「第1章 ようこそ、不食の世界へ」同上、p.18

*5:同上、p.43-44

*6:同上、p.71

*7:森美智代「第2章 絶望の淵からだとり着いた不思議の国」同上、p.83-84