〔日記〕 「素顔美人を目指しているんですか?」
一月四日 曇、時雨、市中へ、泥濘の感覚!
種田山頭火 行乞記 三八九日記
やうやく平静をとりもどした、誰も来ない一人の一日だつた。
米と塩――それだけ与へられたら十分だ、水だけは飲まうと思へば、いつだつて飲めるのだが。
ジロウ(ダンナ)と出かける準備をしていて、コートを着て鞄を持ったところで、
「あ、化粧してなかった!」
と気づいたら、
「いつも化粧してたっけ?」
と笑われた。
十九才の時がいちばん化粧が濃かった。ビューラーもアイライナーもマスカラも、ファンデーションもアイシャドウもチークも持っていた。ああ、あと、眉を茶色く染めるやつも。一度化粧に慣れてしまうと、何かの工程を抜かして家を出ることができなくなる。下着のまま表に出るような、ふわふわとした無防備な感じ。
でも、毎朝そんなに時間を掛けてあらゆるものを塗りたくって、日中は毛穴が塞がれて不快だし、夜は夜でポイントメイクリムーバーだのなんだので時間を掛けて落として……時間の無駄のような気がしてきた。旅行に行くのにもやたらポーチが嵩張って不自由だ。男と寝るのに素顔を見せられないなんていうのも、まったく本末転倒だ。
そう思って、真紅の口紅だけ残して、あとはみんな捨ててしまった。三十路を過ぎたおれの化粧は、口紅を付けて多少眉をひくだけである。
黄昏エレジーにて
「素顔美人を目指しているんですか?」
と突然、立ち飲み屋で初めて逢ったおねえさんに聞かれる。
「素顔美人……は目指してないけど(もともとビジンだし)、美肌の秘訣は毎日三合以上の日本酒ですよ」
と、にっこり答える。